今回は、私立中学や私立高校は行った方がいいか、行かない方がいいかと言う問題について書いておきたいと思います。

結論から先に書くと、私立の中学や高校は、行かない方がいいです。

教育内容はどこも同じ

中学や高校の教育内容は、どこも同じです。文部科学省の学習指導要領に内容が定められているからです。

これはちょうど、病院やクリニックがどこも同じ治療をやっているのと同じです。違うのは、研究を行っている大学病院など、一部の病院だけです。

学校も同じで、中学であれば、私立でも公立でもやっていることは同じです。同様に、高校であれば、私立でも公立でもやっていることは同じです。

私立だと、大学でやっている内容を中学や高校でやっている・・・などということはありません。

例えば、大学なら、変形生成文法や生成意味論を教えていますが、変形生成文法や生成意味論を教えている中学や高校などありません。大学では音素論を教えていますが、音素論も中学や高校では教えていません。

中学生や高校生には、変形生成文法や生成意味論は教えなくてもいいかもしれませんが、音素論や音韻論ぐらい教えてもいいのではないかと、個人的には思います。ところが、そう言う学問すら、日本中、どこの中学や高校に行っても、教えていません。

中学生や高校生に音声学や音素論などを普通に教えているのは、ソフィア外語学院だけかもしれません(笑)。文部科学省の学習指導要領は、うちでは関係がないからです。

なぜ同じ内容の教育をしているだけなのに、私立中学や私立高校では、大金を出して習わなくてはいけないのでしょうか?

この様に、私立でも公立でも、基本的に教育内容は同じです。私立中学や私立高校だからと言って、中学や高校で教えないことを教えているわけではありません。

中学や高校の教育内容は、指導要領や検定教科書で細かく規定されています。規則としては、それを超える内容を教えても構わないのですが、実際には、それを超えた内容を教えることはありません。

そもそも、中学や高校の教師には、そう言う内容を教えられる人がいません。なぜなら、そう言う内容が教えられるのなら、一流大学で「大学の授業科目」が担当できるからです。また、そう言う内容を教えられる人を中学や高校で募集しても、応募してくる人はまずいないでしょう。

仮に、そう言うものすごい教師が中学や高校にいたとしても、私立中学や私立高校で教えている可能性は極めて低いです。なぜかというと、そう言う教師と私立学校は相性が悪いからです。そう言う教師は自由に教えられる学校でないとうまくやっていけません。しかし、私立の学校は統制が厳しいので、そう言う教師とは相容れません。

基本的に、私立の学校は封建的傾向が強いです。言ってみれば、「私立」という言葉は、そう言う意味であるとも言えます。「私立」というのは、「個人的に所有されている」という意味ですから、そうなるのです。

もし非常に自由主義的な団体が運営してる学校があれば、また話は別ですが、私学は、大体、個人商店の類ばかりですから、内部は封建的で、上にたてつくことは絶対に許されません。

一方、公立の学校は、自分一人でやるのなら、教師が何をやろうと基本的に自由です。だから、もしユニークな授業が行われているとすれば、公立の学校ということになります。

もし学校全体でユニークな授業をやるとなると、他の教師を説得し、協力を得ない限り、公立でも無理です。だから、学校全体でユニークな授業をやるのは、公立では非常に困難です。

私立では、上(理事長やその他の理事)を説得しないといけませんが、普通、理事長や理事を説得してまでユニークなことをやる教師はいません。嫌われたら、人生が終わってしまいます。触らぬ神にたたりなしです。だから、私立では、学校全体はもとより、学校の一部でもユニークな授業は期待できません。

もちろん、理事長や理事がものすごい人ならいいのですが、初代の理事長は偉人でも、その後を継いだ息子や娘は、必ずしも歴史的な偉人ではないのが普通です。つまり、大抵は、普通に「普通」です。

大抵の私学の理事長や理事というのは、よその学校の動向を見ながら、そろりそろりと時代に合わせているだけです。だから、いつまで経っても、大して代わり映えはしません。学校の世界は、法律に守られた競争のあまりない業界ですので、100年先の未来を先取りしようという進歩的な人はいません。

優秀な学生が現れた際に、どんな授業を中学や高校で受けてきたか調べてみると、ユニークな授業を受けた場合ばかりだったという話を大学で教鞭を執る先生から聞いたことがあります。実際、そうなのでしょう。しかし、だからといって、ユニークなことをやると、必ず特別な成果が上がると言うわけでもありません。

もし教育の成果が悪かった場合、その責任は、ユニークな授業をやった先生の責任にされてしまいます。そうなると、頑張ってユニークな授業をやるということは、責任という名のリスクを背負うことになるわけです。これでは、頑張りたくなくなるのが普通です。

わざわざ、他人の学校のために、そんなことをやる人はいません。

以上のことから、私立の中学や高校にユニークな授業を求めるのは、かなり困難だということがわかると思います。

公立なら、何をやろうと基本的に勝手なのですが、私立でそれをやったらまずいです。つまり・・・

公立:やりたければ、一人でやれ。

私立:勝手なことは絶対に許さぬ。

こういう違いがあるのです。

私学では、ものすごくユニークな教え方をしていると期待している人がたまにいます。そう言う人をがっかりさせてしまうようで、すみませんが、私学の現実はこうなっているのです。

私学は学費が高いので、優秀な先生が集まっているのではないかと思う人もいます。これも残念ながら、根拠のないただの妄想です。

ぶっちゃけ、私立中学や私立高校の教師は、学力が低いです。公立の先生よりも学力が低いと思って、ほぼ間違いがありません。

作るテストを見ると、よくわかります。なぜかというと、テストというのは、作った先生の学力をよく表すからです。

名電中学の生徒がソフィア外語学院本山校の先生に学校のテストを持ってきたことがありました。それを見た本山校の先生は、問題があまりにもでたらめなので、驚き呆れました。あまりにも呆れたので、私のファックスで問題を送ってきたので、私も見ましたが、あまりにもひどいので、私もびっくりしました。そこいら中に間違いがあるのです。

名電の生徒は馬鹿なので、ばれないのかもしれませんね。あれを公立の中学でやったら、レベルの高い生徒がいるので、通用しません。絶対に大きな問題になるでしょう。

じゃあ、もっとレベルの高い高校ではどうかというと、名電よりもはましですが、やはり間違いが少なくありません。と言うか、もうだめです。たとえば、南山高校女子部では、こんなような問題を出していました。

There (     ) be a tree here.

それで括弧の中には次の語群の単語のうち、どの単語が入るのか聞くと言うよくある問題です。しかし、その語群を見ると・・・

1) would
2) should
3) could
4) might
5) used to

・・・と言う選択肢が用意されていました。出題者の意図は明らかですが、この出題者の脳みそ・・・ではなく、英語力には、巨大な穴が空いているとしか言えません。

さて、一体全体、どれが入るのでしょうね。この出題者に直接聞いてみたいです。

あまりにも笑えるので、時々、授業で取り上げて、みんなで笑っています。

東海中学では、何とこんな問題が出されています。

There is (      ) snow.

括弧の中にはmuchが入るのか、それともmanyが入るのかと言う問題です。笑えますよね。

そう言えば、淑徳(愛知淑徳中学・愛知淑徳高校)の場合だと、こういう問題もありましたね。

世間のみなさんは、こんなレベルの教師に大金を払って英語を習うのですか?

公立の中学や高校の教師もたまに間違った問題を作りますが、私立の方が、間違った問題がもっとずっと多いです。

これまでの経験から、どう考えても、公立の教師の方が私立の教師よりもレベルが高いと結論せざるを得ません。

なぜそうなるのか?それはちょっと考えればすぐわかります。

1)私立よりも公立の方が労働の負担が軽い

担当する授業時間数は重要です。公立だと、一般に中学は週18時間程度、高校で15時間程度ですが、私立では、公立の二倍以上の時間数教えさせていることがまれではありません。実際、私立では、週28時間以上教えさせている中学や高校があります。

2)私立よりも公立の方が給料がよい場合が多い

私立と公立では、給料が倍ぐらい違うことがあります。大学は私立の方が給料がよい場合がありますが、中学や高校はそうではありません。

大学になりますが、名古屋造形大学に非常勤で教えに行った先生が、月給8千円だったとかで、最初の月給をもらって即座にやめたという話を聞いたことがあります。8万円ですらなく、8千円ですから、さすがにやめますね。私学というのは何でもありというところが恐ろしいです。

私立中学や私立高校に就職した先生が、あまりの重労働に対して、あまりの低賃金に驚くという例はよくあります。

大体、教師になる人は、事前に給与について確認する人があまりおらず、最初の給与をもらってはじめて知る場合が多いようです。もしかしたら、こういう習慣が災いして、低賃金が横行しているのかもしれません。

労働条件を明確にした上で教員の募集を行うように国が指導し、必要な法律を整備すべきです。現状では、詐欺が横行していると言ってもいいでしょう。

私学では転勤できない

私学では何かあったときに、他の学校に転勤したいと思ってもできません。これは大きなデメリットです。

公立ではいざというときは転勤ができるので、嫌になったら、他の学校に変わればいいです。私学で何かあったら、辞職するしかありません。

私学の教師になるのは、リスクが伴います。

いずれにせよ、こうした低賃金と悪条件でよい先生を雇うなんて無理です。その結果が、教師の質の差となり、教育の質の差を生んでいるわけです。

一つの場所に幽閉された上、労働時間は二倍で、給料は半額。その上、封建社会の奴隷になるというのは、普通にいやでしょう。大学なら私学も悪くない場合がありますが、自由のない中学や高校は別です。

私立中学・私立高校は生徒の質がひどい

一流私立中学や一流私立高校なら、授業がやりやすいというメリットはありますが、三流の私立中学・高校だと生徒のやる気がありません。

名古屋国際中学・名古屋国際高校では、授業中に紙飛行機が飛び交うことがあるそうです。そんな話を名電高校の生徒にしたら、名電高校(愛知工業大学名電中学校、愛知工業大学名電高校)では、何と火のついた紙飛行機が飛び交うと言う話を聞きました。

授業中に、紙飛行機に火を付けて飛ばすとは、ずいぶん興味深いですね。

一流私立中学や一流私立高校だったら、こんなことは内科というと、そうでもないようです。一流私立中学や一流私立高校にも、変な生徒はいます。

東海中学、東海高校では、過去にエアガンで他の生徒を撃った生徒がいるそうです。また、他の生徒の髪の毛に火をつけた生徒もいるそうです。こういう変人は、公立高校では聞いたことがありません。

私立中学、私立高校に入学すると、勉強熱心なまじめな生徒に囲まれて勉強することになると期待する人も多いかもしれませんが、こういう現実が待ちかまえているので、必ずしもそうなるとは限りません。

どんな人が私立中学や私立高校の教師になるのか

こういう状況を考えると、第一志望の就職先が私立中学や私立高校というケースはまずないのではないかと思います。

結局、公立中学や公立高校の採用試験を受けて受からなかった人しか、私立中学や私立高校の教師にならないでしょう。だから、どうしても公立の教師の方がレベルが高くなるわけです。

一流中学・一流高校の生徒の学力の特色

少しでもレベルの高い中学や高校に行きたいと思うのは自然と言えば自然です。では、一流中学・一流高校の生徒の学力はどんな特色があるのでしょうか?

今までの経験を元にすると、一流中学・一流高校の生徒は、学校で習ったことをきちんと正確に記憶していると言う特色があります。そして、そう言うことについては反応が速いです。つまり、そう言うことについて質問をすると、ものすごい速度で答が返ってきます。

しかし、その一方で、考えて答を出さないといけないことは苦手で、聞いてみると、考えて解くような問題は、どう答えていいのかわからないそうです。

作文を書いてもらうと、いつまでかかっても、原稿用紙は真っ白で何も書けないという生徒が少なくありません。東海高校3年生に話題を提示して、それについて書くように指示したら、いつまでかかっても、何も書けないので、呆れたことがあります。

東海中学の生徒が学校の作文のコンテストで入賞したようなことを言うので、どんな作文を書いたのかと思って、見せてもらったら、小学校低学年の書くような内容の文章でした。

学校で教えられる学習項目を全部正確に暗記できるけれど、それ以外の高度な知的能力は持っていない人が一流中学・一流高校の生徒だといえるでしょう。

個人的には、あまり仲間入りしたくないですね。

私立の生徒と公立の生徒の気質の違い

私立中学や私立高校は、生徒の生活指導を厳しく行う傾向があります。公立中学から私立高校に入った様な生徒からすると、細かいことにうるさいというように思われていることがあります。

こういう学校の環境の違いが原因なのか、家庭環境の違いが原因なのかわかりませんが、公立中学や公立高校の生徒はのびのびしている傾向があります。一方、私立中学・私立高校の生徒にはそう言う傾向があまりありません。

子供をのびのびと育てるのなら、公立中学・公立高校に行かせるのがいいでしょう。逆に、子供時代から管理の厳しい環境に慣れさせたいのなら、私立中学・私立高校に行かせるのがいいでしょう。

よく言われることは、私立の生徒は、他の人のことが気にかかる人が多く、他人のことをあれこれ言う傾向が強く、公立の生徒は、個人主義的で、他人のことに口を出す人が少ないと言うことです。これは、特に大学以上で顕著です。

結局、中学や高校は私立と公立でどちらがよいか

もし教師の質や教育の質を求めて、私立の中学や高校に行かせようと考えているのなら、期待はずれの結果になるでしょう。教師の質や教育の質を求めるのなら、公立の中学や高校に行かせるのが最良の選択肢です。

また、子供をのびのびした人格の大人にしたい場合も、公立の中学や高校に行かせるのが一番いいです。たぶん、自主性や独立性の高い大人になる可能性が高いでしょう。

しかし、子供をおとなしくしたい場合は、私立中学・私立高校の方がいいでしょう。ただ、ここで「おとなしい」というのは、細かなルールに従順に従わせると言う意味です。もちろん、実際にそうなるかどうかは別です。

中学受験をすると学習の動機が不純になる

私立中学に入学するには、入学試験を受けないといけません。そのために、一定の期間、受験勉強をすることになります。今では、「中学受験」等という言葉が定着しているようです。

このような勉強をさせた結果、中学受験をした子どもは、学習の動機が「テストで点を取るため」ということになります。つまり、どんなことを勉強する場合でも、「テストのため」と言う発想になってしまうのです。

私も小学生の頃、同級生や友人に中学受験をする者がいました。一人は東海中学を受験するとか言い出して、それから人が変わったかのように威張り出しました。「僕はエリートだ。」といつも言うようになり、周囲の子どもを馬鹿にし始めました。

結局、彼は不合格になり、公立中学に進学しましたが、その後の成績は芳しくなかったようです。素行もあまりよくなく、高校もろくなところに進学していません。

彼のこの性格や行動の変化は、東海中学を受験させるために親が何か吹き込んだ結果でしょう。ろくな結果になっていません。

もう一人は、南山中学を受験すると言っていました。そのために、わざわざ田舎から名古屋市内に引っ越してきて、たまたま小学校で私と同じクラスに入ったのです。

帰り道が同じだったので、いつも一緒に帰りましたが、何か話をすると・・・

「そんな事はテストには出ない。」

・・・と言うのが口癖で、私はすっかり辟易しました。

世の中には、テストに出ることと出ないことがありますが、テストに出ることだけが重要というわけではないので、テストに出ることだけを勉強すると、無能な人間になってしまいます。

大学入試では、そういうところを狙って出題していることがよくあります。つまり、こういうテスト人間の様な無能な人間を排除するための出題をするのです。いろいろな問題を見聞きしたことがあります。

たとえば、名古屋大学では、英語の手紙の書式を出題したことがあります。英語の手紙の書式なんて、普通、テストに出題されることはないので、ほとんどの受験生は答えられなかったようです。

あほですね。

もしテストのために英語の勉強をしているのでなければ、英語で手紙を書きたいと思うのは普通のことです。当然、英語で手紙を書く方法を調べたり、実際に英語で手紙を書いてみたりするでしょう。私もそうでした。書式なんて、知らない間に覚えているものです。つまり、英語を勉強している者の常識なのです。

もし前述の南山中学を目指していた友人に英語の手紙を書き方の話をしていたら、やはり・・・

「そんな事は試験には出ない。」

・・・などと言われたに違いありません。

彼は南山中学に合格して、その後もたまに道でばったりあったりしていたのですが、中学入学後も気になることはテストの点のことだけだったようです。落第する恐怖ばかり話していました。大学まで行けたらいいのですが、どうなったのでしょう。高校以降はまるで顔を合わせていないので、私は知りません。少なくとも、南山大学にはいなかったので、上には上がってこなかったようです。

英語を勉強する時、テストのために英語を勉強するのか、英語が使えるようになりたいために英語の勉強をするのかは大きな違いを生みます。ついでながら、これは英検やTOEICでも同じです。

「え~けんが・・・」

「と~いっくが・・・」

・・・などと言う人は多いのですが、そういう動機で英語の勉強するのではなく、英語を使えるようになるために英語の勉強をした方がいいです。そういうテストを受ける前に勉強すべきことは山ほどあるからです。

中学受験をして私立中学に進学した生徒を教えていて・・・

「もしかして、テストに出るかどうかを考えながら勉強していませんか?」

・・・と聞いてみると、

「図星です。」

・・・と言う答えが返ってきます。

小さいときに身についた習性は一生変わらないので、たぶん、中学受験をした生徒は、一生、このままでしょう。かわいそうですね。

私は数理心理学者なので、いわば、テストの専門家と言ってもいいでしょう。つくづく、「テストというのは、使い方を誤ると、ろくな結果にならない」と思います。

テストというのは、遊びでやるか、調査のためにやるものなのです。勉強の動機に、そんなものを使ってはいけません。

中学受験をさせると言うことは、子どもの能力を低下させ、知能の低い子どもにしてしまうことなので、そういうデメリットを考慮した上で決断した方がいいでしょう。

費用の違い

公立と私立では、教育にかかる費用が全く違ってきます。授業料なども全く違いますが、私立では、修学旅行も豪勢になるので、その点でもお金がかかります。

一般家庭で、私立中学・私立高校に子供を行かせると、家計への負担が大きくなります。その結果、家族の生活の質が下がるだけでなく、学校の学費以外の教育費が減ってしまい、十分な教育ができなくなることがまれではありません。

ソフィア外語学院の場合では、公立中学に通っていた生徒が公立高校の受験に失敗して、私立高校に行くと、集中授業が十分受講できなくなって、中学まではよく伸びたのに、高校になってから、伸びが悪くなると言うことがよく起こります。だから、高校は公立に行くようにした方が、結局、英語力がよく伸びるのです。

私立中学・私立高校のメリット

私立中学や私立高校に行く唯一のメリットは、高校受験の勉強をしなくてもいいことでしょう。

最近では珍しいのですが、高校受験のために、正しい英語の勉強をやめてしまうケースが昔はよくありました。そのため、どちらかというと公立中学の生徒よりも、私立中学の生徒の方が、英語の勉強を継続するケースが多いです。

ただ、私立中学や私立高校の場合でも、親や生徒自身が英語学習について正しい知識を持っていないと、途中でやめてしまって、英語が身につかないというケースは少なくありません。だから、私立中学や私立高校なら、安心というわけでもありません。

正しい知識を持つことが大切

私立中学・私立高校に子供を通わせる家庭は裕福な家庭が多いため、お金に物をいわせて、私立中学や私立高校に通わせた上に、塾や家庭教師で子供のスケジュールをびっしり埋めてしまうケースが少なくありません。私立中学や私立高校は補習が多いので、その上に、塾や家庭教師をびっしり入れると、息が詰まるぐらいの状況になります。

効果があればまだいいのですが、学校の補習も、塾や家庭教師も、普通、効果はなく、やっていることは勉強ではなく、ただの労働にしかなっていません。

だから、知能の発達が遅れるばかりです。

よく生徒の親に「これだけ教育にお金をかけているのに、どうして子供がこんなに無能になるのでしょうか?」と聞かれることがありますが、やっていることが間違っているから、子供が無能になるのです。

お金がたくさんあって、子供を私立中学・私立高校に行かせている家庭は、何も知らずに、塾や家庭教師を入れていると、とんでもないことになるでしょう。