James Mill

前回から、早1年が過ぎてしまいました。あまりにも多忙で、知能に対する遺伝と環境の影響についての話を書く時間がありませんでした。

前回は知能は遺伝で決まると唱えた学者の話でした。そういう学説に対して、昔から知能は環境で決まるという学説を唱える学者も多いです。

最初に知能は環境で決まるという説を唱えた学者は、英国のジェームズ・ミル(James Mill)(1773 - 1836)です。ジェームズ・ミルは心理学者ではなく、哲学者、経済学者、歴史学者です。

James Mill
ジェームズ・ミル(James Mill)(1773 - 1836)

心理学はドイツのビルヘルム・マクシミリアン・ブント(Wilhelm Maximilian Wundt)(1832 - 1920)が始めた学問であるため、ジェームズ・ミルの時代よりも後になります。そのため、彼はまだ心理学を知りませんでした。

Wilhelm Maximilian Wundt
ビルヘルム・マクシミリアン・ブント(Wilhelm Maximilian Wundt)(1832 - 1920)

もしジェームズ・ミルの時代にブントがいたら、科学的証拠を提出するように求められたと思いますが、その場合、ジェームズ・ミルがどう対応したか興味深いです。

前回紹介したフランシス・ゴールトンはブントと同じ世代なので、すでに科学的思考が浸透していますが、ジェームズ・ミルの時代はまだ近代科学以前です。しかし、証拠を示すことに意欲的である点では変わりがありません。

ジェームズ・ミルは、知能が遺伝で決まると言う説を唱えるために、自分の息子を「実験」に使いました。すなわち、馬鹿である自分が生んだ愚息に最高の教育を与えて、どうなるかを示すことで、知能が遺伝で決まると言う説を唱えたのです。

しかし、まず、これは実験ではありません(笑)。今時の学会でも、知恵の遅れた学者は、こういうのを実験と呼んでいることがありますが、まさに爆笑ものです。科学の世界で実験という場合、条件を制御して、どういう条件でどういう結果になるかを明確に示すことができるような形で行われたものでない限り、実験とは言いません。

昔、京都大学で開催された日本動物行動学会の大会で、京都大学の理学部の某助教授が「統計的検定を行ったところ、差はないという結果が出ましたが、素データに差があるので、差があると考えられます。」という意味不明な発表をしていたことがあります。その時、私は、「統計的検定で差がないと出たら、素データに差があっても、差はないという結論になるはずですが、頭は大丈夫ですか?」という意味のことを言ってやりました。今でもこんなに頭のおかしい科学者が、しかも天下の京都大学にいるぐらいなので、ジェームズ・ミルの時代に、ジェームズ・ミルの様な歴史的な大学者がとんちんかんな主張をしても不思議はないかもしれません。

ちなみに、ジェームズ・ミルがやったのは、自分の息子の事例研究であり、実験ではありません。実験ができないような研究テーマの場合、こういう事例研究により自説を検証していくしかありませんが、慎重に行わないといけません。

いずれにせよ、自称愚父のジェームズ・ミルはご自分の「愚息」に最高の教育を施して、世紀の愚息ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill)(1806 - 1973)を作り出しました。どちらも歴史に残る大学者なのですが、どういう理由で自分を愚父、息子を愚息と分類したのか謎です。

John Stuart Mill
ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill)(1806 - 1973)

たぶん、科学的な思考ができないので、自分は愚父で、大人になっても服のボタンも自分ではめられないので、息子を愚息と言ったのに違いありません・・・いえ、違いあります。何も明確な理由がありません。

当時、英国で最高の学者とされていたジェームズ・ミルが馬鹿者であるわけがありません。ジェームズ・ミルの時代に知能テストを創始したアルフレッド・ビネー(Alfred Binet)(1857年 - 1911年)がいたら、ジェームズ・ミルの知能を測定したかもしれません。どう考えても、最低でも知能指数は140を超えていたはずなので、平均以下ですらなかったはずです。そして、愚息氏の方もできる限り早い時点で知能の測定を行ったと思います。果たして平均以下だったかどうか謎ですが、遺伝的に劣っていると考えるのは、あまりにも無理があります。

この二つの測定を外した時点で、まるで科学的根拠のない主張になってしまっています。せっかくおもしろいことをやったのに、残念です。こういうことをやる大学者なんて、何百年に一度ぐらいしか輩出しませんからね。

ジェームズ・ミルの行った愚息教育というのは、毎日、愚息に本を読んでもらって、その後、散歩しながらおしゃべりする・・・ではなく、議論するというものでした。確かにこれはすばらしい教育です。正真正銘の愚息であった私としては、子どもの頃にこういう教育を受けていたら、きっとジョン・スチュアート・ミルと並ぶ歴史的な大学者になっていたに違いありません。あくまでも、馬鹿でもよい教育を受ければ天才になると言うジェームズ・ミルの学説が100%正しければと言う話ですが・・・。

それにしても、問題集をやらせて、答え合わせをやるだけという、昨今の日本の教育よりもよほどましですね。

その後、前述のブントにより心理学が創始され、この問題に科学のメスが入れられることとなって行ったわけです。

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