これまで知能と学力の話をしてきましたが、知能の研究は歴史が非常に古く、心理学での研究の中心の一つであるため、研究量が膨大で、わかっていることが非常に多いです。今まで書いたようなことは、その中でほんのさわりに当たる部分をさらっと簡単に触れてみただけです。

実際に知能とか学力の問題についてきちんとした議論をすると、数千ページは必要になるような気がします。おおざっぱな話をするだけでも、200ページから500ページは必要なように思います。

だから、今まで読んだことで、何か早合点しないようにしてほしいです。日本という国についてすべての情報を書くと言う課題があったとして、「日本は島国です。」と一言言っただけぐらいの感じです。日本に関するあらゆる情報となれば、他にもっと膨大な情報がありますよね。

それでは、話を戻しましょう。知能は何によって決まるかと言う話です。昔から、遺伝か環境かで激しい論争になっています。

遺伝であると論じた最初の学者は、英国のフランシス・ゴールトン(1822年-1911年)です。「何ですか、その人?」と思うかもしれませんが、英国を代表する学者の一人で、あの進化論のチャールズ・ダーウィンのいとこです。


フランシス・ゴールトン

彼が知能は遺伝で決まると考えた元々の根拠は、自分に対して行われた天才教育の失敗に基づくものだと言われています。実は、ゴールトンのお姉さんが大変教育熱心な子どもで、生まれてきたばかりの赤ん坊のゴールトンに古代ギリシア語やラテン語を教え込んだらしいのです。

何と、お姉さんのおかげで、2歳で文字が読めるようになり、5歳で古代ギリシア語ととラテン語を覚え、6歳でシェークスピアが読めるようになったということです。

日本人で言うと、2歳でひらがなやカタカナや漢字が読めるようになり、5歳で英語とフランス語を覚え、6歳で源氏物語や夏目漱石の『こころ』を読んでいたぐらいのものです。

その後、ゴールトンはものすごい努力を重ねて勉強を続け、ケンブリッジ大学で数学を学び、そこでトップレベルの数人の一人になろうと必死でがんばったのですが、とうとう果たすことができませんでした。

その結果、「知能は努力ではどうにもならない。知能は遺伝で決まる。」と言う結論に至ったようです。

天才と言われるような人でも、人間の発想なんてこんなものです。


フランシス・ゴールトン(68歳~78歳ぐらい)※1890年代に撮影された写真

これで終わったら、ゴールトンはただの大学出の頭のよい人に過ぎなかったと思いますが、その後、彼はこの自説を証明すべく、歴史上初めての科学的な知能の研究を開始しました。

まず、彼は知能を「頭の回転の速さ」と定義して、神経の反射速度を測定する方法を考案します。そして、遺伝で決まる脳の大きさが知能の決定要因と見なして、頭の大きさを測定します。そして、反射速度と頭の大きさの相関を算出しようとします。

そして、見事に失敗します。

現代の知能に関する知見から考えると、お笑いレベルの研究ですが、その後、近年に至って、脳の容積を正確に測定することができるようになり、頭の大きさと知能は正の相関があることが発見されたので、必ずしもお笑いレベルではなくなりました。

しかし、知能を「頭の回転の速さ」と定義するあたりは、素人でも考えつきそうなアイディアではないでしょうか?素人が考えつきそうなことは、100年以上も前にすでに考えられて、研究が終わっているという、よい例です。

全く、「頭の回転の速さ」(ここでは、神経の敏捷性)なんて全然知能ではありません。敏捷性の高い人は、運動は得意かもしれませんが、普通の意味で、頭がいいわけではありません。

ゴールトンによる初期の研究の失敗にも関わらず、知能は遺伝で決まるのではないかという学説は根強く残り、現在に至っています。しかし、その一方で、知能は環境で決まるのだとする学説も大昔から唱えられています。その話は次回にしましょう。