学力の差が生じる主要な原因は、知能の差であることはすでに書きました。本稿では、その差をどうして埋められないのかを論じたいと思います。

ほとんどの子どもは、学力が低ければ、少しでも高くしようとがんばります。しかし、なかなか周囲の人を追い抜くことはできません。ほとんどの人の場合、スポーツだったら、練習をすれば、徐々に上達して、平均的な一般人を追い抜くのはたやすいことです。しかし、成績が最下層にある子どもが平均レベルまで上がっていくのは、容易なことではありません。と言うか、結論を言ってしまえば、はじめから無理です。

知能テストで見た知能の分布は下の図のようになっています。

いわゆる正規分布というやつです。ちなみに、標準偏差は15です。標準偏差とは何かと言うと、どれだけ平均値から離れているかという数値の平均のことです。それぞれの人の得点から平均点を引くと、平均点との差が出ますよね。それを全部足して、人数で割った数値です。そうすると、平均的には、どれぐら平均値から離れているのかわかりますよね。それが標準偏差です。平均偏差というのもありますが、計算方法がちょっと違うだけで、同じことです。

±標準偏差、つまり、「平均値-標準偏差」から「平均値+標準偏差」の間におよそ68%の人が含まれます。偏差値が60以上だと、一流大学と言ったりしますが、この±標準偏差の上の外側と言うことになります。普通の人である68%とそれ以下の人、合わせて84%以上の人が行くことのできない大学と言うことになります。

そこで、ほんの10ポイントや15ポイントのことなら、平均的な人でも、がんばれば、±標準偏差の外側に行けるのはないかと思ったりしませんか?頭のよい人の二倍勉強すれば、不可能ではない・・・と思ったりしませんか?実は、これが無理なのです。

なぜかというと、知能指数が10違うと、学習速度が5~6倍違うからです。だから、知能指数100の人の場合、2倍勉強したぐらいでは、到底、知能指数115の人が行く偏差値60の大学に入ることはできません。

この学習速度が5~6倍違うというのは、知能指数100と110の人の違いを測定した結果ですが、もし関係が直線的であると仮定すると、とてもおもしろいことになります。

ほとんどのみなさんが行きたいと思っているのは、超一流大学と言われているところですよね。

「早稲田や慶応ならともかく、青山とか明治とか許せない」等という人が世の中にはいます。そういう人の発想で行くと、超一流大学しか行くところはなくなってしまいますが、それには知能指数が最低でも145必要です。

それって、0.1%の人になります。つまり1000人に一人です。

学習速度が直線的な関係であると仮定すると、5×5×5×5×2.5≒1563となりますので、1563倍勉強しないと無理です。

1563倍も勉強するなんて、無理です。

「早稲田や慶応ならともかく、青山とか明治とか許せない」等と言うことを子どもに押しつける親は、自分の言っていることの意味を考えないいけません。

そもそも、知能は「中心への回帰」とか「平均への回帰」と言われる現象が当てはまるため、もし親の知能が平均よりも高ければ、確率的には、子どもの知能は親よりも低くなる傾向があります。それにも関わらず、1563倍勉強しないと、到達できないレベルまで到達しなければ許さないなどとは、ちょっとひどすぎますね。

8時間労働とは言いますが、「一日に1万2千時間働け」等というのは、横暴どころではありません。

無理なことをやらせようとするのは、非常によくないことです。

子どもの学力が低いと、「この頭どうなっているんだ」と繰り返しながら、子どもの頭をぽかぽか殴っている親がよくいますが、本当にひどいですね。どうも殴る以外、他には何も考えつかないらしいです。

とりわけ、それが「家庭内暴力だ」と言う理由で離婚した上で、連れて行った子どもにこういう仕打ちをしているのを見ると、「家庭内暴力をやっているのはあなたではありませんか?」と言ってやりたくなります。

殴る以外に他にやることは何かあるでしょう。本当に何も考えつかないのでしょうか?

殴って頭がよくなるのなら、苦労はありません。

学力が上がるなどと謳っている塾が全部詐欺であることは、以上のことからよくわかると思います。よほど大胆に、まか不思議な、通常の人間の理解をはるかに超えた変わったことばかりやっているような塾でない限り、やってもやらなくても変わらないような結果しか生まれません。

だから、私は、「そういうことは、やってもやらなくても、同じだから、やらないようにした方がいいです。」とアドバイスしています。知能の低い子どもは、「は~い。」と素直に答えて、やらなくてもいいことをやめてくれるので助かります。しかし、知能の高い子どもに限って、「先生の言ったとおりになるという保証がない。」などと言って、言うことを聞かないため、悲惨な結果になります。

もっとも、それは、私が悲惨だと思っているだけで、世間の人はみんなそうなっているので、世間全体から見て、よくある話ではないかと思います。それとも、これを読んでいるみなさんの中には、一人でも、そうならなかった人がいますか?

勉強すればするほど、どんどん成績が上がって、笑いが止まらなかったとか。

今まで、しっかり努力してきて、成績最下位ぐらいだったのが、あるきっかけで、ちょっとコツをつかんだら、瞬く間に全国トップになったとか・・・。なんとか塾の生徒は、入学時に全員全国最下位の学力なのに、ちょっとコツを教えてもらって、瞬く間に全員が全国トップになっているとか、そして、そういう話が真実であることを確認したしたことがありますか?

何年か前、同窓会に行ったら、恩師が来ていて、「勉強をしても、成績がよくならないことを、我々教師はいい加減に認めるべきだ。」と言っていましたが、心理学の専門的な知識を持っていないような先生でも、何十年も教えていると、誰一人として、いくら勉強しても、成績が伸びないのを目の当たりにしているため、経験からそれが真実だとわかるようです。

学校の先生が、成績のために勉強するように呼びかけているのは、生徒をコントロールするという単なる「政治的な問題」に過ぎません。

どんなに勉強させたとしても、成績は伸びないのだと言うことをきちんと理解する必要があります。


最初の知能テストを発明した心理学者アルフレッド・ビネー(1857年 - 1911年)

【ポイント!】ビネー以前にも知能を測定する試みはありましたが、最初に成功したのはビネーです。学校でよく実施されているのは、日本版のビネー式で、田中ビネー知能検査と言います。ビネー式知能検査は通常の学校教育には順応できない知的障害者(精神遅滞児)を発見するのが目的の検査です。

ソフィア外語学院のすごいところは、この「平均値-標準偏差」より低いレベルの子どもをトップの0.1%と同等のレベルに引き上げてしまうことです。しかも、「例外なしに」です。

それは直接教授法という方法によるもので、学校で行っている文法翻訳法と直接教授法で勝負すれば、直接教授法が圧勝するという事実に基づくものです。

実際には驚くほどのことではありませんが、わかっていない人は、半信半疑でしょう。

同じ土俵で戦っているわけではないのです。

たとえて言えば、文法翻訳法で使う武器が竹刀や木刀なら、直接教授法で使う武器は、ミサイルや電磁砲、核兵器と言ったところです。同じ「武器」ですが、まるで違うので、勝負になりません。


電磁砲


電磁砲の発射(数百キロ先で電磁力により発射した砲弾が音速の5倍から7倍の速度で飛んでくるそうです。)

発射の様子はこちら(約10分)。


木刀(頭に当たると大変痛いと思いますが、電磁砲の砲弾が当たるのに比べれば・・・。)

これなら、ボタンを押せるだけの体力しかないようなひ弱な子どもでも、木刀を振り回す筋肉もりもりの大男に完全に勝てるわけです。

そもそも、入試改革は、それが狙いなので、当たり前と言えば、当たり前ですね。

そういうわけで、学力の差が埋まらない原因は、知能の差による学習能力の違いが、一般人が想像するよりもはるかに大きく、努力で埋まるようなレベルではないからと言うことです。そして、それを克服する唯一の方法は、まるで違う学び方をすることであり、英語の場合、直接教授法という最終兵器があります。

英語教育の改革は、具体的には、直接教授法への転換すると言うことですが、まだまだ端緒についたばかりで、完全移行は50年後か100年後か、あるいは、永久に無理かもしれません。

その間は、ソフィア外語学院の生徒は圧倒的に有利な状況で勝ち続けると思います。

50年後か100年後に直接教授法に完全に移行できたとしたら、今度は、個人指導と大量生産型教育の戦いになるでしょう。個人指導の方が優れた結果を生むに決まっていますが、その頃には、私は生きていないと思うので、あまり考えても意味がないような気がします。

次の話は「知能は遺伝か環境か」です。

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