前回、日本人の英語がなぜ通じないかという話を書きましたので、通じる英語が話せる人や書ける人の割合が気になるのではないかと思います。結論から言うと、通じる英語の使える人は、ほぼいません。

英検一級とか、TOEIC900点以上とか言うと、ずいぶんすごいように聞こえますが、実際には通じる英語が書けないし、話すこともできません。

ソフィア外語学院の講師採用のために、英検準一級から英検一級、TOEIC780点ぐらいからTOEIC950点ぐらいの人をおそらくもう何百人も面接してきましたが、この中で100%通じる英語を話した人はいません。みんな部分的にしか通じない英語しか話せません。

アメリカ人やイギリス人のような英語のネイティブ・スピーカーなら通じる英語が使えそうに思いますが、そうでもありません。実際、私の知り合いの日本人の日本語はほとんど通じないため、よく人から、その人の話す言葉が理解できるのか聞かれます。どうやら私は理解していると周囲の人は思っているようですが、私は理解している振りをしているだけで、実は、そもそも何も聞いていません。

この人は高卒の人のなりますが、大卒なら大丈夫かというとそうでもありません。明治大学卒で、高校の教師(社会科)をやっていた人が書いた本を読んだことがあります。内容は、どこぞの政治家を非難する内容でした。途中まで、普通の文章でしたが、最後だけ突然変わりました。おかげで最後の章を読むのは苦労しました。

新聞や雑誌でも同じですが、本などに印刷して出版する文章は、必ず校閲が入っています。なぜかというと、普通の人の書いた文章は、通常、読めないからです。おそらく、その本は、最後の章の前まで校閲が入って、文章を書き直していたのだと思いますが、最後の章だけは、著者が「好きなように書かせてくれ。」とでも要求したのでしょう。たぶん、本人が書いたそのままの文章だと思います。

あんなのは、読めません。

と言うわけで、ネイティブ・スピーカーが書いた文章は読めると思ったら、大間違いです。新聞記者の書いた文章はすばらしく上手だと思っている人が多いようですが、あれは全部校閲が書き直したもので、新聞記者の書いた文章なんて、内容はでたらめで、文章構造は破綻していて、読めたものではありません。昔、新聞社の校閲をしていた一般の(大人の)生徒がいたので、そういう話を聞きました。

そもそも、新聞記者というのは、文章のネタを拾ってくるのが仕事です。それはそれでとても難しいことです。ネタを拾ってくることができる上に、さらに文章が書けるなんて言う、二種類の別種の才能を持った人間なんて滅多にいません。

たぶん、ネタを拾ってくることが仕事の記者というのは、お調子者の軽い性格の人が多いと思います。相手に取り入って、普通には話さない話を聞き出すのが仕事だからです。一方、校閲の仕事をするような人は、本ばかり読んでいて、青白い顔をした陰気な人が多いかもしれません。だとすると、どう考えても、両立しない職種です。

まあ、あまりたくさんの記者やあまりたくさんの校閲者の知り合いがいないため、断言まではできませんが、知っている範囲内の人を見ていると、そんな気がします。一般に記者は、学生時代にスポーツ選手、特に野球の選手をやっていた人が多いと言われています。校閲担当者は、子どもの頃から文章を書く技能を特別に訓練し、伸ばしてきた人で、かつ、読書家の人が多いようです。やはりどう考えても両立はしませんね。

校閲により書き直された文章ばかり読んでいるせいで、文章が書けると言うことを当たり前のように思いがちなのですが、きちんとした文章を書ける人というのは、マスコミ関係者でも500人に一人いるかどうかぐらいのようです。とても希少な人たちです。たぶん、アナウンサーに適した声を持っている人と同等ぐらいに珍しいのではないかという気がします。

そういうわけで、ネイティブ・スピーカーだと通じる英語が書けるかというと、そういうことにはならないというのは、だいたい想像がつくと思います。それに英語のネイティブ・スピーカーに限って言えば、英語の書ける人は非常に少ないです。実際、一般には、半数ぐらいの人が、そもそもろくに文章が読めませんから、書ける人は、絶滅危惧種のレベルです。

はっきり言えるのは、簡単な日常会話レベルであれば、問題のない人が多いということぐらいでしょう。それでも私の知り合いのような例もあります。そして、高度な文章力という話になると、限りなくゼロに近くなります。

「これはペンです。」は言えるでしょう。「私はリンゴが好きです。」も言えるでしょう。こういう中1の英語のようなレベルなら問題はない可能性が高いです。しかし、何らかのテーマに沿った文章が適切に書けるかというと、まず無理ですし、文法的な誤りなしに書くのは、きわめて困難です。

私も、仕事でネイティブ・スピーカーの書いた英語を校正したりしますが、間違いは非常に多いです。実際、日本人の日英翻訳家(日本語を英語に訳すのが仕事の翻訳家)と直す量はあまり変わりません。おそらく、客員教授待遇により一流大学に教えに来ているような先生の場合は、全く別人種なので問題はないと思いますが、中学や高校で教えている先生を含め、一般人はだめだろうと思います。

昔、米国からロシアに英語を教えに来ている人のブログを読んだことがありますが、その人は、haveなどの基本的な単語が正しく綴れていない上に、文法的な誤りが満載の英語を書いていました。文章の流れも悪く、読める代物ではありませんでした。

曰く、

自分のような者が英語を教えていいのだろうか?

とのことでした。

この人は、自覚があるようでしたが、必ずしも、自覚があるとは限りません。実際、外国人に日本語を教えようとする人の国語力は平均レベル以下の場合が多いです。聞いてみると、自分の国語力では日本人に日本語を教えることができないため、外国人に日本語を教えるのだそうです。

結局、ネイティブ・スピーカーでも、通じるまともな英語が書ける人はきわめて希少で、絶滅寸前レベル。確実にできるのは、幼稚なレベルの英語を話すことだけということになると思います。英語が外国語である日本人の場合は、さらに少なくなります。これが実態です。

だから、私のように、完璧に通じる英語を話し、完璧に通じる英語を書く日本人は、あまりにも珍しく、聞いたことも見たこともないレベルなので、米国に行くと、皆さん一様に驚きます。

次回は、書く英語の質について論じたいと思います。