日本人の英語は通じないと言われて久しいです。何しろ、私が子どもの頃から、「日本人の英語は通じない。」と言われていました。

東京外国語大学の付属図書館で、東京大学の言語学者、服部四郎先生が書いたものを読んだ事があります。すでにどんな本だったのか記憶にありません。

服部四郎(1908年-1995年)という先生は、威張ることで有名で、「服部天皇」などとあだ名されていました。残念ながら、一度もお会いしたことはありませんが、百科事典どころか、国語辞典にまで名前が載っているぐらいの大先生です。

それで、その本によると、服部先生は、英語が母語ではない、どこかの国の人が英語を話しているのを見て、とても驚いたのだそうです。

曰く、「日本の英語教育はどこか間違っているのではないだろうか?」ということでした。

あらかじめ申し上げておくと、平たく言えば、言語学者というのは、言語の音の分布を決めている法則を探求する学者のことです。何らかの外国語を教えている人は多いのですが、別に、外国語教育の専門家というわけではありません。実際、言語学者の中には、外国語が全く苦手な人もたくさんいます。

応用言語学は、言語学の一種のように思うかもしれませんが、実際には、ほとんど何の関係もありません。だから、英語教育について、言語学者に聞くのはお門違いです。

そのお門違いの服部先生によると、「私の時代には、英語が話せる人間なんてあり得なかった。」そうです。

そう言った私たちの遠い昔の記憶が・・・

英語が話せる → 英語ができる

・・・と言う図式を作ったのでしょう。しかし、これは完全に間違っています。

「英語が話せる」からと言って、英語ができるわけではありません。正確には、英語らしきものとか、本人が英語だと思っているものを話しているからと言って、英語ができるとは限らないと言った方がいいかもしれません。

日本人にとって、最初の難関は、発話ができるかどうかという点です。暗記していて、それを口に出して言うというのは、ここではだめです。あくまでも、自発的発話です。大半の日本人は、これができないのです。

だから、よく使われる言葉を暗記して、話せるようになろうとしますが、そもそも、やっていることが完全に間違っているので、意味がありません。

英語ができる人は、そもそも、暗記ではなく、自発的に英語を発しているのです。

どうしたら、そういうことができるようになるのか?

それは・・・(以下略)

勉強の仕方が正しければ、知らない間にできるようになっています。

しかし、自発的な発話ができるようになっても、英語ができるとは限りません。今日はこれがポイントです。

英語をぺらぺらしゃべれるようになりました。周囲の人が尊敬のまなざしで見てくれます。

でも、通じないのです。それが「日本人の英語は通じない。」と言うことなのです。

何が問題でしょうか?二つあります。

1)発音が間違っている。

2)どの単語を言ったのかわかっても、あるいは、紙に書いても、意味不明である。

1については、発音の勉強をしていないために起きることです。試験に出ないので、発音の勉強をしないのです。テストの点にならないことには関心がないからです。

テスト勉強などやっていると、英語ができなくなるのは、一つには、これが原因です。

2については、日本語を通して英語の意味を学習したからです。日本語と英語では、あらゆる点で違いがありますので、この方法を取ると、特にひどくなります。まあ、アメリカ人がアメリカ英語を通して、イギリス英語を覚えるというのなら、大して問題はないのですが、だんだん言語が離れてくると、問題が大きくなり、ついにはまるで通じなくなります。

だから、英語の意味を直接理解させる教え方である直接教授法を使わないとだめなのです。

通じる英語を習得するには、これ以外に方法はありません。

世間で「英語ができる」とされている人のほとんどは、発音の勉強もろくにやっていないだけではなく、日本語を通して学習したため、意味を間違えて覚えてしまっています。これは文の文法構造にも影響を与えます。なぜなら、文法の大半は意味と関係があるからです。

文法は、意味と何の関係もない部分と、意味と関係のある部分の二つにより二重の構造をなしていると言うのは、言語学の常識です。例えば、英語の場合、三単現の「-s」をどう発音するかは、意味とは全く関係がありません。

しかし、そうしたこと以外の部分、例えば、動詞の後を補語にするか、目的語にするかは意味にかかわる規則になります。また、受動態を使うか能動態を使うかも同じ問題です。意味によりどちらを使うか決めるわけです。単数か複数かも同じです。

すでに察しのよい人は分かると思いますが、この意味というのは、単語レベルの意味から、文レベル意味までいろいろです。この「意味」が「意味にかかわる文法」を決めているわけです。

例えば、英語の「apple」を日本語の「りんご」と言う意味だと言って何が悪いのか?この場合、もの自体の意味、つまり、内容的にはほとんど変わらないので、良さそうですが、日本語の「りんご」には単数形と複数形の区別がありません。しかし、英語の「apple」にはあります。これは大きな違いです。

もし「apple」を「りんご」と覚えたら、永久に「apple」のままです。考える余裕があれば、これを「apples」とか「an apple」や「the apple」などと変化させられるように思えるかもしれませんが、日本語を通して英語を学んだ人は、英語を書いている場合ですらも、ずっとまともに使えるようになりません。一方、直接教授法で学んだ人は、「apple」を状況に応じて、「apples」にしたり、「an apple」や「the apple」、「the apples」などと変化させるようになっていきます。

実際に翻訳家の書く英語を見ていると、ほとんど全部にtheを付けている人とか、ほとんど全部に何も付けていない人が非常に多いです。これは日本語で言うと、「は」と「が」の使い方がわからず、全部「は」にしているのと同じことです。運良く、通じればいいのですが、通じなかったり、誤解されたりすることが多いでしょう。

こんなのでよく金を取っているなぁ。

・・・と思います(笑)。

これが「話す」という状況になると、考える余裕などまるでありませんから、間違えまくります。「りんご」だけならいいのですが、全部の単語で間違いまくるので、まるで意味不明になります。しかも単語レベルだけではなく、文の構造レベルでも間違いだらけになるので、本当に宇宙人がしゃべっている謎の言語みたいになるのです。しかも、発音がでたらめときているので、宇宙人以外の何ものでもありません(笑)。

これが通じない英語の実態です。実例をお見せしましょう。

このYouTubeの動画は、私が翻訳の仕事として、字幕の翻訳を担当したものです。一部は、大学が編集したので、そのままではありません。もう忘れましたが、確か、「授業がおもしろい」と言っているのを「授業がためになった」という様な言い方に変えているところがあったような気がします。

この動画の人は、どうも日系のアジア人らしいのですが、「英語」をぺらぺらしゃべっています。シンガポールかマレーシアあたりの人ではないかという気がします。この「英語」ですが、実は、通じません。

この仕事を依頼された時、英語のネイティブ・スピーカーが書き取ったというスクリプトをもらい、それを日本語に訳してほしいという依頼でした。しかし、そのスクリプトの英語がでたらめで、依頼者である大学側に「意味不明の英語です。Google翻訳か何かですか?」と問い合わせました。すると、「これなんですが・・・」と言うことで、当時未公表だった動画を送ってくれました。

スクリプトと動画で話している英語がまるで合っていないので、恐らく、スクリプト(テープ起こし(「テープ」ではないのですが・・・))を担当したネイティブ・スピーカーは、まるで聞き取れなかったと言うことだと思います。

仕方がないので、出血大奉仕と言うことで、この動画のスクリプトを私が作成することにしました。とはいえ、意味不明なので、あらかじめこの大学のウェブサイトを詳細に読み、この学生が何を言いそうなのかある程度予想してから、作業にかかりました。

これがその時のスクリプトです。まず、ネイティブ・スピーカーはこれをどう聞いたかですが、下のように聞こえた様です。

I’m in the faculty of economics under the xx succeed xx program and my name is Alan.Maybe because they are seeking for a choiring like in lyrical skills, not so because they want to go to different carriers in the future, like financing, banking or government. Maybe because of that, that’s why I also choose economics, because in a sense I wanted to pursue that type of carrier, and also like for me, xx helectude xx like, I study both education with economics, so because like a few like education is also important for them, but if you have an icon background as well, that will be helpful for what I want to teach in the future, so yes.
So definitely humanistic education, so at that time when I was taking that class, I could explore and study different thinkers, educational thinkers from all over the world, and also like since we have like many students from different countries, I could study more on how education works on each country, and also what the main thinkers of education they did, they practice at that time, so it was really an enjoyable class for me.
I feel like, not only the nature that we had at Soka and the huge campus, that Soka has, but also how helpful and kind the faculty members and also the facility members are, they are always willing to help students with whatever they need. And also Soka also offers students many chances, many opportunities to grow up in several aspects, so for example if you want to learn a new language, you can enroll different languages classes at Soka, and also if you want to make friends or experience more the Japanese culture, you can also join clubs, circles at Soka, and also the Soka University festival which is in October, and actually I did all of them, so im glad that I did.

上のスクリプトのGoogle翻訳

私はxx succeed xxプログラムで経済学部に所属しています。私の名前はAlanです。彼らは叙情的なスキルのように合唱団を探しているのです。銀行や政府。おそらくそのために私は経済学も選ぶのです。なぜなら私はそのタイプのキャリアを追求したいと思ったからです。そしてまた私の場合はxx helectude xxのように両方の教育を経済学と一緒に勉強します。彼らにとっても重要ですが、あなたがアイコンの背景も持っているなら、それは私が将来教えたいことに役立つでしょう、そうです。
だから、間違いなく人道主義的な教育なので、そのクラスを受講していた当時は、世界中のさまざまな思想家や教育思想家を探索し、勉強することができました。各国で教育がどのように機能するのか、また彼らが行った教育の主な思想家たちは、その時に実践しているので、私にとって本当に楽しい授業でした。
私たちが創価に持っていた本質と、創価が持っている巨大なキャンパスだけでなく、教員と施設メンバーがどれほど親切で親切であるか、彼らは学生が必要とするものは何でも手助けしたいと常に思っています。また、Sokaは学生に多くの機会、さまざまな面で成長する多くの機会を提供します。たとえば、新しい言語を学びたい場合、Sokaでさまざまな言語のクラスを受講することができます。日本の文化、クラブ、創価のサークル、そして10月に開催される創価大学フェスティバルにも参加できます。

まるで、意味が通じていないことがわかります。そこで、私が書き直して、どこが間違っているのか注釈が付けました。それが下です。赤色のところは私が直した部分で、緑色のところは無修正部分の内、問題のある部分です。私の説明は黄色になっています。

I’m in the faculty of economics under the xx succeed xx program and my name is Alan. Maybe because they are seeking for acquiring like any kind of(?) skills, not so because they want to go to different careers in the future, like financing, banking or government. Maybe because of that, that’s why I also choose economics, because in a sense I wanted to pursue that type of career, and also like, for me, elected (←selectedを間違えてelectedと言ったのではないかと思います。) like, I study both education with (←誤った用法) economics, so because (I) kind of feel like education is also important for them, but if you have an icon (←たぶんidealのつもりで言った言葉), and background (←文脈からthat backgroundと言うべきところだと思われます。) as well, that will be helpful for what I (←本当はyou とすべきところをIと言ってしまったと思われます。ここをIにするなら、if youはIf Iとする必要あり。) want to teach in the future. So, yes.
So definitely humanistic education, so at that time when I was taking that class, I could explore and study different thinkers, educational thinkers from all over the world, and also like since we have like many students from different countries, I could study more (←誤用、使えません) on (←誤用であり、不要) how education works on in (←誤った用法) each country, and also what the main thinkers of education they (←誤った用法) did, what (←言っていないが必要) they practiced at the (←theは間違っているが、thatではなくtheと言っている。thatが正しい。)time, so it was really an enjoyable class for me…
I feel like, not only the nature that we had at Soka and the huge campus that Soka has, but also how helpful and kind the faculty members and also the facility members are, they are always willing to help students with whatever they need. And also Soka also offers students many chance (←単数形を使っているが、間違い) to, many opportunities to grow up in several aspects, so for example if you want to learn a new language, you can enroll in (←言っていないが、必要) different languages classes at Soka, and also if you want to make friends or experience more of (←言っていないが、必要) the Japanese culture, you can also join clubs, circles at Soka, and also the Soka University festival which is held in October, and actually I did all of them, so I’m glad that I did.

こんなにたくさん間違っているので、通じません。通じているのは、せいぜい名前ぐらいですね。

ちなみに、こういう英語を聞いたり、読んだりしていいると、私は非常に不快になります。「汚い」からです。これは下品という意味ではなく、文章が拙劣という意味です。

実際に、こういう英語で話しかけられると、私は、自動的に脳のスイッチがオフになり、全然聞こうとはしません。たぶん、ネイティブ・スピーカーの人も、大抵の人はそうなると思います。

聞く気にもならないということです。

普通に英語を勉強すると、行き着く先はこんなものです。こんな英語では、英語を教えることもできないし、英語関係の仕事もろくな職につけません。翻訳家だと仕事をもらうのは、かなり難しいです。

それでも、英検を受けると、恐らく1級に合格すると思いますし、TOEICでも満点か満点近く取れると思います。しかし、英検1級とかTOEIC満点というのは、この程度の実力とも言えます。

だから、下らないので、英検やTOEICなんて受ける意味がないのですが、それはまた別の機会にお話しましょう。

こういう英語にならないためには・・・

1)直接教授法で学ぶこと。

2)しっかり英語を直してもらうこと。

・・・この2点が大切です。

実は、単に英語を英語で学んだからと言って、全員がしっかりした英語を習得できるわけではありません。2番の直してもらうということが重要になります。

実際、英語のネイティブ・スピーカーでも、こういう英語を話す人はいくらでもいます。日本人だって、意味不明な日本語を話す人はいくらでもいるでしょう。私の知り合いにもいるし・・・(笑)。私の方では、全然意味が分からないので、適当にうなずいているだけだったりします。

「直してもらう」と言うのが、教育の重要な役割です。

しかし、ちょっと直してもらったぐらいで直ればいいのですが、そう簡単には直りません。延々といつまでも直してもらう必要があります。その結果、10年後、20年後には、知らない間に、立派な英語になっているのです。

だから、きちんとした「直接教授法」を実行できる先生で、かつ、直すことができる先生で、かつ、直し続けてもらうと言うことが大切なのです。

よく誤解されるのですが、英語で教えているからと言って、厳密には、直接教授法とは言わない教え方が非常に多いです。誤りを直さない教え方もあり、これはコミュニカティブ・アプローチとかコミュニカティブ・メソッドと言います。

コミュニカティブ・アプローチだと誤りを直さないので、上の動画の人の様な英語になってしまいます。一般の英会話教室で、まともなところは、全部、コミュニカティブ・アプローチです。

コミュニカティブ・アプローチというのは、英語圏に住んで、英語の用途が、近所づきあいをしたり、スーパーなどに買い物にいくだけと言う場合は、適応できる方法ですが、英語の専門家を養成したり、仕事に使う英語を学ぶのには、適応外となります。

ソフィア外語学院と他の英会話教室や英語教室がどう違うかというと、ここが違うわけです。また、ソフィア外語学院の教授法を、見たこともないのに、コミュニカティブ・アプローチだと言う人がいると、私がむっとしてしまうのも、これが理由です。

少し本題からそれましたが、日本人の英語が通じないのは、

1)発音がでたらめ。

2)単語の用法や文法がでたらめ。

・・・の両方が同時に起きていていて、その原因は・・・

1)直接教授法で学んでいない。

2)継続的かつ長期的に誤りを直してもらっていない。

・・・と言うことです。

あと、これについてよく聞かれることは、こういう英語になった場合、英語の勉強を続けていくと、だんだん直っていくかどうかと言うことですが、こうなると、すでに誤りが「化石化」していますので、もう直りません。

もしあえてこれを直そうとすると、最初に英語を覚えたとき以上の努力と時間が必要になりますが、それでも、大抵はもう直りません。従って、もう一点付け加えておく必要があります。

最初にきちんと学ぶことが、一番大切です。

昔から、英語の学習は最初が肝心と言われているのは、これがその理由です。

関連ページ:
留学生の英語インタビュー (YouTube)