毎年、この時期になると、中学3年生や高校3年生は進路の決定を迫られます。私も中3の時、進路を決めるように親に言われたと、友達から相談を受けたことがあります。

私自身も、将来、事務員になるのなら、商業科だし、工場で働くなら、工業科に行くべきだが、どちらがいいかと親に聞かれた覚えがあります。私は、大学で生物学を勉強するのが夢だったので、大変なストレスになりました。どうやら普通科に進める学力がなかったらしいです。

そもそも、高校に行くのに学力が必要だとか、成績が必要だとか、入試があるとかいう話は中3になってから初めて知りましたが、たぶん、親もそうだったかもしれません。

小学生の時、裏の家に住んでいたおばさん(いわゆる、近所のおばさん)と、私の母が、「大学はともかく、高校ぐらいは出してやらないといけなくなってきましたね。」なんて話をしていたのを覚えています。

ちなみに、裏の家とは、境目にある門を開けることで、直通で行き来ができました。昔の日本はそんな感じでしたね。ものすごい近所づきあいです。

さて、時は流れ、時代はどんどん変遷していき、私自身が青少年を教える立場になりました。あの時代からすでに20年以上経過したわけです。時は1990年代の初期になります。

高校を卒業したばかりの女の子が進路に迷っていました。この子は向陽高校を卒業したものの、大学の受験に失敗し、その年の春、ソフィア外語学院に入学した生徒でした。

何に迷っていたかというと、四年制の大学に行くべきか、短大に行くべきかを迷っていたのです。特別なあほでもない限り、四年制の大学に決まっていますが、この生徒は、親戚のおじさんに相談した結果、おじさんに「女の子は短大卒の方がよい。」と言われて、短大に進学することにしました。

1)女の子は、四大卒よりも短大卒の方が就職が良い。

2)そのおじさんは会社で部長をやっていて、偉いから、信用できる。

・・・と言うあたりが決定的な要因だったようです。

私が高校3年生の時(1970年代の終わり頃)、すでに女の子は四年制大学に進学するようになっていて、短大に行く生徒と四大に行く生徒と分かれていました。クラスで一番成績の良い女子生徒は金城大学に進学することを希望していて、クラス担任ではない英語の先生が「金城大学よりも良い大学に行けばいいのに・・・」と怒っていました。

ちなみに、私については、「そんなレベルの高い大学(東京外国語大学の英米語学科)に合格するわけがないだろう!」と言って、私についても怒っていました(笑)。担任の先生は、大体において、いずれの生徒の進路にも無関心でした。

私は四年制の大学に進んだわけですが、初年度に行った南山大学の英米科では、30人ぐらいのクラスで、内28人は女子で、男子はたった二人。翌年入学した東京外国語大学の英米語学科でも半数は女子でした。言うまでもなく、残り半数は男子。その後、徐々に割合が増えて、仕舞いには90%女子になったらしいです。恐ろしいパワーですね。元々は、90%男子だったのが、女子の植民地と化していったわけです。

大学卒業後の仕事にも変化が現れていました。昔は、女の子の仕事は、お茶くみと言われる類の仕事で、男性社員にお茶を出して、後は、簡単な事務仕事をやるだけでした。四年制大学を卒業した女性を採用するとなると、男性と同じ仕事をする人の割合が多くなりました。

私が大学を卒業する頃は、女性は23歳ぐらいで結婚し、それと同時に退職するのが普通でしたが、私と同世代の女性は、結婚せずに、ずっと働き続ける人が普通になり、そのパーセンテージは年々増加しました。今や、結婚するしないに関わらず、ずっと働き続けるのが当たり前の時代になっています。

さて、世の中はこんな趨勢にあり、1990年代の初期には、この傾向ははっきりしていましたが、問題の女子生徒のおじさんは、その時点でもすでに古くなった基準を持ち出して、アドバイスしたことになります。

この辺は性格や感情が影響を与えた可能性もあったかもしれません。「四大卒の女なんてむかつく」とか、そんな感情を心の奥底に持っていたかもしれません。とりわけ、そのおじさんが高卒だったら、そう言う感情があっても不思議ではありません。

問題なのは、相談を受けた時点で、その生徒が就職をするわけではないと言うことです。就職をするのは、2年後か4年後です。人生を生きていくのは、さらにその後40年ぐらいの間になります。つまり半世紀ぐらい先まで予想して、それを元にアドバイスすべきでした。

しかし、このおじさんの失敗は、恐らく、それよりも20年ぐらい前の1970年代からその時点である1990年代の初期の状況を元に、それから半世紀先まで、それが変わらないものとして予測し、古い時代の方がよいという価値基準でアドバイスしたことにあります。

結果は言及するまでもありませんが、とんでもない失敗だったようです。

まあ、四年制大学に行ける学力がありながら、「向陽高校を卒業して、さらに浪人までして、やっと短大に行くことができた女」というレッテルを一生背負う羽目になってしまったわけですね。

給料も安いだろうし、馬鹿にされるだろうし、散々ですね。

誰かにとって幸いなことに、自分が進路を決めた原因が、親戚のおじさんのアドバイスだったことをすっかり忘れたようでした。

進路を決める際には、未来を正確に予測できなくてはいけません。半世紀先までの未来がどんな社会になるのか。それだけでなく、半世紀先までの未来では、どんな価値観が普通になるのかと言ったことも重要です。

その際に、半世紀も前の社会情勢が半世紀後も続くとか、半世紀も前の価値観が半世紀後の価値観として健在であるなどと言うのは、妄想以外の何ものでもないことをしっかり認識しておく必要があると思います。

逆を考えれば自明です。今、私たちは、携帯端末でおしゃべりをしたり、メッセージ文をやりとりしたり、自宅でも乗り物で移動中でもゲームを楽しんでいますが、1960年代にそんなことをやっていましたか?さらに半世紀遡って、明治、大正の1910年代にそんなことをやっていましたか?

この際、10倍遡って、500年前の室町時代に携帯端末でおしゃべりしたり、メッセやったり、ゲームをやっていましたか?今時の考え方が室町時代に通用しますか?・・・などと考えてみるのも一興です。

そうですね。100倍遡って、5000年ぐらい前まで遡ったら、もっとおもしろいでしょうね。

あまり遡ると、猿やネズミになりそうです(笑)。ブログも書けそうにありません。

歴史というのは10年単位ぐらいで区切って考えるものなので、40年先、50年先というのは、ただでさえ雲をつかむような話になります。ましてや半世紀も前の過去を基準に考えたら、とんでもない間違いをしてしまいます。

社会の中にはいろいろな要素があります。ほぼ変化しない要素もあります。同じ傾向で連続的に変化する要素もあります。そして、予測不可能な変化をする要素もあります。それらの性質の異なる要素を勘案して、次の時代を予想して生きて行かなくてはいけません。

部長という地位が偉いのかどうかは知りませんが、部長をやっていると、これらの要素の区別がついているのかどうかは謎ですね。きちんと未来が予想できるのであれば、部長ではなく、社長の方が能力的には合っているような気がします。会社内での部長、課長などの地位は、未来の予測能力とはあまり関連性がないと思いますので、当てにしないことですね。社長の能力だったら、十分に関連性がありますが・・・。

進路を決めるに当たって、正確に未来を予測できるような人が身近にいない場合は、自分で考えるしかないでしょう。