失敗しない正しい塾の選び方(12)

前回の話を読む場合はこちらです。

第11回を大きく改定しました。改定内容は大学院卒の肩書きとTOEIC満点についての項目の追加です。改訂前にお読みの方はお手数ですが、もう一度戻ってご確認いただければ幸いです。

基礎力は初歩的な勉強とは違う

前にも基礎力を持っていることが重要であることを書きましたが、再度、書いておきます。基礎力というのは、初歩的なことができるということとは意味が違いますので、気をつけてください。

英語の発音の基礎力

私は英語が専門なので、英語を例に取って説明してみましょう。

例えば、発音です。人間の言語にはいろいろな音があるわけですが、英語の音が何であるかを知っているのは発音の基礎力となります。「音が何であるか」というのは、例えば、「r」の音を聞いたときに、きちんと「l」ではないことがわかるかどうかというようなことです。

つまり、「r」と「l」の発音の区別が付くかということです。これは「r」と「l」の発音の仕方を知っていると言うこととは違います。耳で聞いてわかるかどうかと言うことです。こういうことが発音の基礎力というわけです。だいたい、聞いて区別が付かなければ、生徒が間違えた発音をしても、直しようがありません。

これは基礎的なことですが、簡単ではありません。長い年月に及ぶ鍛錬の末に身に付くことです。

英文法の基礎力

文法にも基礎力というのがあります。例えば、三単現の-sなんて言うのは、初歩的な知識ですが、基礎力というのは、三単現の-sを自動的につけることができる能力や付いていないと、おかしいと気がつく能力です。

三人称単数現在で動詞の語尾に-sをつけるというのは、初歩的な知識なので、中学生でも知っていますが、寝ぼけていても、自動的に三人称単数現在で動詞の語尾に-sをつけられるかどうかは別問題です。生徒が間違えて三単現の-sを落としてしまったかどうかに気がつけるかどうかも別問題。こういうのは、全て英文法の基礎力にかかっています。

生徒が英語をぺらぺらしゃべっていて、それを聞きながら・・・

それはいいけれど、今、三単現の-sが落ちていたよ。

・・・なんていう指摘をするのは、基礎力のしっかりしていない人には無理です。

英文法の基礎力としてよく取り上げられる例としては・・・

He builds a house.

・・・と言う英語がおかしいことに気がつけるかどうかということです。英文法の基礎力があれば、明らかに変な英語なのですが、いかがでしょうか?

この様な英語の基礎力がしっかりしていれば、括弧に選択肢全部が入ってしまう様な変な英語の問題を作ることもないのです。

しかし、こういう基礎力をつける方法というのは、長年の鍛錬によるものであり、何か解説書を読むと、すぐその場で身に付くというものではありません。

昔から、英語ができる人は、超絶的にできて、そうでない人は全然だめと言われていますが、まあ、こういうことですね。私からすると、何でこんな簡単なことがわからないのか不思議です。

ネイティブ・スピーカーにはできない

土人崇拝が浸透している国なので、念のために書いておくと、上記の様なことができるネイティブ・スピーカーはまれで、少なくとも一般人にはいません。日本人でも、例えば、このブログの記事を東京都区部出身の人と名古屋市出身の人に読み上げてもらって、それを発音だけで識別できる人は、一般人にはまずいないと思いますが、それと同じです。

文法についても、文法的に正しい文とそうでない文をきちんと識別できる人も、一般人にはまずいません。こういうのは、文章を書いてもらうと、よくわかります。なぜ新聞社や雑誌社には校閲係がたくさんいるのかというと、新聞記者ではまともな日本語が書けないので、校閲の人に書き直してもらうのです。日経新聞では100人も校閲係がいると聞いたことがありますが、それはそう言うことです。一般人では、新聞記者のレベルにすら達していないので、当然、文法の指導などできないのです。

ネイティブ・スピーカーでもこういうことなので、留学経験者や帰国子女でも、こういう英語の基礎力を身につけていることはまずないと思っていいと思います。

基礎力のある先生に習うことが大切

当然のことですが、教師の役割は、生徒が間違えたら直すことです。しかし、基礎力がない先生が教えると、生徒が間違えても直せません。そもそも、気がつくことすらありません。

また、先生自身が間違ったことを教えてしまう可能性も高まります。自分が高校生の頃に英語を勉強していた時、学校の先生がよく間違ったことを教えるので、毎日毎日そのチェックと修正がずいぶん大変でした。中学生の時に習ったことは、自分でチェックもできないわけなので、間違ったことをそのまま素通りで覚えてしまう可能性が高く、後で全部確認していかないとだめですね。

だから、基礎力のない先生に習ってはいけないわけです。基礎力のない先生に習うと、ずっと遠回りをするか、永久に基礎力が身に付かないのかどちらかです。

入試には基礎的な問題ばかりが出る

基礎力のない先生から見ると、そうは見えないのかもしれませんが、入試というのは基礎力を聞いてきます。試されているのは、基礎力なのです。難しいことを聞いてくるようなことはまずありません。引っかけ問題に見えるのは、基礎力がないからで、ちゃんとした基礎力があれば、簡単に通ります。

大体、大学院の試験でも基礎的な部分しか出題されないのに、何で学部の入試ごときに難しいこと出すのでしょうか?そんなことはまず絶対にあり得ないので、基礎的な勉強をしっかりやればいいのです。

初歩的な勉強という意味ではありませんから・・・(笑)。

英語以外の学科目についても、それぞれ基礎力というものがあります。それぞれの学科目で高度な基礎力を達成できた先生に習わないと、時間と労力が大変無駄になると思います。

生徒に自習をさせる能力の違い

私が自分の学校で長年教えてきて気がついたのは、教える先生により生徒の自習の程度がかなり違うことです。ソフィア外語学院では生徒の自習の状況を追跡していて、指導の参考にしているですが、私の生徒はかなりの量の自習をこなします。その一方で、他の先生の生徒はあまり自習をしていません。自習がゼロに近い生徒がかなりたくさんいます。

まあ、ソフィア外語学院の場合、自習しなくても、授業だけで驚くほど高い効果が出るのでいいのですが、より高いレベルを目指して、もっと自分でも勉強してほしいものですよね。特に英語の専門家になろうという人は、自習は必須だと思います。

ところが、先生により自習の量に大きな差が出るのです。これは生徒に問題があるのか、先生に問題があるのかどちらでしょうか?他の先生が担当していた生徒で、途中から私が担当するようになった生徒の場合、私の指導になると、急に自習の量が激増することが多いです。どうやら先生の問題らしいです。

私が担当したからと言って、自習をしない生徒は自習をしませんので、一般的に言って、特定の先生だと、必ず生徒が爆発的に自習をするとまでは言い切れません。しかし、もし子どもに自習をさせたいと思うのなら、生徒に自習をさせる技術に長けた先生を選ぶのがよいと思います。

ただ、見分けるのはちょっと難しいかもしれません。個人的な印象としては、経験が長い先生の方が生徒に自習をさせる技術が高いかもしれないと言うことぐらいです。

もっとも、これは生徒に自習の指導をしている塾の話なので、特にそう言う指導をすることが決まっていない様な塾では、そもそも期待できないと思います。

ソフィア外語学院の場合、自習をする際に決まった方法でやってもらわないと、百害あって一利なしなので、自習の指導をすることが決まっていて、その状況もずっと追跡されているので、生徒による自習が期待できるわけです。

一人の先生に習うべきか、いろいろな先生に習うべきか

塾をあちこち点々とする人もたまにいます。他には掛け持ちで二校以上に同時に通う人もいます。同じ塾でも、同じ教科を別々の先生にならうこともあるでしょう。

今までの経験では、あちこち点々としてきた様な人は、学力があまり高くはありません。ただ、これだけでは「いろいろな先生に習ったので、学力があまり高くならなかった」のか、それとも「学力が低いので、いろいろな先生に習う結果になった」のかわかりません。実証的研究というのは、これを識別することが重要なので、そう言うことに疎い人は、ものを見る際には、こういうことに気をつけた方がいいです。英語では「相関関係は因果関係」ではないと言います。

Correlation is not causation.

因果関係が判然としませんので、はっきりしたことは言えませんが、ソフィア外語学院内でも、先生がいろいろ変わったケースと同じ先生が教え続けたケースでは、同じ先生が教え続けたケースの方が学力が高いような印象があります。

同じ先生が教えた場合のメリットとしては、生徒の学力の細部がわかっているので、足りないところを強化して、完成度を高めることができる点が挙げられるでしょう。あくまでも私の場合ですが、半年から1年ぐらい教えていると、学力の問題点がかなりわかってきますので、2年、3年かけて完成へと導くことが可能になります。

いろいろな先生が教えた場合のメリットは、他の先生では教えることができない事を教えることにより、補完できることでしょう。しかし、これは各先生の欠点が蓄積する結果にもなるので、必ずしも、欠点を補うという都合のいい話にはなりません。

ソフィア外語学院の場合、塾に同時に通うことを非推奨としていますが、理由の一つはこれです。例えば、発音を例に取ると、せっかくうちで発音を直しても、塾で間違った発音を教えられというか、身につけさせられて、またうちでそれを直し、また塾で発音がおかしくなり・・・と言うことを繰り返すことが多いです。

結局、一番いいのは、しっかりした先生を見つけて、その先生にずっと習っていくことではないかと思います。その先生の学力に欠陥があったとしても、少なくとも、欠陥部分を含めて、その先生のレベルに近づけます。だから、自分が目標とするレベルに近い先生を見つけて、その先生にずっと習い続けるのが最良の結果になると思います。

タコに習ったら、タコになり、鷹に習ったら、鷹になるでしょう。タコと鷹に習ったら、タコと鷹のあいのこになりますが、タコの長所と鷹の長所を併せ持った生き物ではなく、タコの欠点と鷹の欠点を併せ持った気の毒な生き物になってしまう可能性が高いです。飛べない上に、二本足とか・・・。

鷹になりたかったら、ずっと鷹に習い続けましょう。タコにパソコンを習うと、死ぬまでタコというのは、間違いがありませんね(笑)。昔、インターネット接続のできないパソコン教室の講師の話を聞いたことがありますが、そんな人に習うと、永久にインターネットにもつなげられないかもしれません。

タコというのはパソコン初心者に対する敬称です。

何で、そんなタコがパソコンを教えているのかと不思議に思う人もいるかもしれませんが、それが世の中というものであることをご理解下さい。今まで知らなかったのは、単に教育界について無知だからです。言ってみれば、だからこそ、このブログ記事が役に立つのです。

合計12回も書きましたが、ほぼ書くべき事は書いたような気がしますので、このシリーズはここで終了とします。お読みいただきありがとうございました。