失敗しない正しい塾の選び方(11)

前回の話はこちらです。

なぜ塾は効果がないのか

塾を探している人に対して「塾は効果がない」という話をするのも何ですが、塾に行っても、学力は上がらないのが普通です。一時的に変動があったという話は聞きますが、結局、効果がなかったという話ばかりです。実際、効果が出たという話を聞いたことがありません。

これは、英語が不得意で全くできないのにソフィア外語学院に入って、3年~6年後には天才的なレベルにまで英語力が上がっている生徒ばかりであるソフィア外語学院とは全く異なります。いったいどうしてこうなるのでしょうか?

塾が効果がないのは、私としてはいい迷惑なのですが、ここでその理由を書いておきましょう。

塾というのは、基本的に繰り返しにより、試験に出ることを暗記させる勉強をさせます。これは、つまり、繰り返すと暗記できるということが前提になっているわけです。実はここが間違いです。

人間は繰り返しても覚えられません。

そう、人間は繰り返しても、覚えられない生き物なのです。だから、繰り返すことで覚えられるようになるには、人間をやめるしかありません。今度生まれ変わってくるときは、人間ではなく、どこかの宇宙人にでも生まれ変わるといいかもしれません。

もっと詳しく書くと、繰り返して覚えられないことばかりではないので、みんな、繰り返せば覚えられると思いこんでいるのですが、あいにく、学校で習う主要教科は繰り返しでは覚えられません。

繰り返しで覚えられるのは、体育の実技や音楽の実技ぐらいです。つまり、運動性の学習なら繰り返しで覚えられます。しかし、知識系の学習はいくら繰り返しても覚えられません。

あらかじめ断っておくと、これは私の個人的な見解や感想ではありません。記憶や学習を専門的に研究している研究者なら誰でも昔から知っていることです。

そう言うわけで、せっかくの夢をぶちこわして申し訳ありませんが、塾で効果が出ることはありません。もちろん、塾だから効果が出ないのではありません。同じ事をやっている学校も効果を出せません。

全く無駄なことばかり子どもにやらせて、ずいぶんひどい話です。やらないよりもましだと思う人もいるかもしれませんが、やらない方がましです。なぜなら、同じ事を繰り返していると、どんどん知能が低下し、そのうち馬鹿で無能な人間になる可能性が高いからです。

昔、よくうちの学校の生徒の父兄から言われました。

こんなに教育にお金を使っているのにどうして子どもがこんなに馬鹿になるのでしょうか?

答えはこうです。

塾に行かせたからですよ。

それでも塾に効果があると信じるあなたへ

簡単に実験ができます。何でもいいのですが、例えば、電話帳のような無意味なものを暗記する実験をするとよくわかります。毎日何時間と決めて、暗記してみてください。たぶん、1か月も経過すると、1か月前に暗記したはずのものはほぼ全部忘れているでしょう。さらに6か月経過すると、ほぼ全部ではなく、完全に全部忘れているに違いありません。

それでも、この実験をどんどん継続してみてください。2年、3年と経つうちに記憶力が明らかに落ちてくると思います。

もちろん、比較可能な様に実験のデザインを決めて、客観的な指標を使って比較するようにしましょう。主観的な「何となく記憶力が落ちた様な気がする」と言う印象的な見解では、事態の深刻さがわからないと思います。

その意味でも電話帳の様な無意味なものは便利です。他には乱数を発生させて、乱数の組み合わせを暗記するというのもいいですね。

しかし、重要な注意事項があります。落ちた記憶力は決して元に戻りません。従って、あくまでも自己責任でやってください。まあ、塾に入れると言うことは、この実験を何年も継続するということです。お子さんはどんどん馬鹿になってしまいます。怖いですね。恐ろしいですね。

【重要】暗記により落ちた記憶力は決して元に戻りませんので、あくまでも暗記は自己責任でやってください。

まあ、最近では、学校でも同じ事をやっているわけですけどね。学校でもやって、塾でもやって、これでは子どもはものすごい勢いで馬鹿になります。教育界が全力を挙げて馬鹿を製造しているような恐ろしい図式になってしまっています。

塾で効果を上げる唯一の方法

しかし、塾で効果を上げる唯一の方法があります。それは、塾本来の授業をやらないことです。つまり、上記のような塾で普通に行われていることを塾でやらなければ、塾でも効果が上げられます。もっとも、そういう教育機関は塾とは言わないかもしれません。

では何をやるのかですが、おしゃべりです。先生が雑談をしていればいいのです。

某高校の先生から以前指摘を受けたことがありますが、「雑談」というと先生が下らない日常的な話をするように思ってしまうようです。しかし、ここで言っているのは、もっと学術的な雑談です。

となると、先生によって、大きな差が出ます。そこで先生の教養や学識のレベルが問題になるわけです。

つまり、高い教養、高い学識を持った先生にお話をしてもらうのです。毎日が講演会みたいなものです。そうすると、生徒も自然に高い教養、高い学識を持つようになっていきます。

それで学校の成績が上がるかどうかが問題になるでしょう。私はよく雑談する教師になるかと思います。そこで、あくまでも私の経験に基づいた見解になりますが、たぶんあまり関係ないと思います。中には上がる人もいるかもしれません。しかし、頭の悪い子どもの場合は、学校の成績は上がらないだろうと思います。

具体的には、平均点前後ぐらいから下の子どもの場合、学校の成績は上がらない場合が大半だと思います。しかし、これも一般化できません。中には、すごく頭が悪いのに、学校の成績が良くなるケースもあります。学校の先生が作る問題次第ですから、何とも言えませんね。

しかし、入試の場合だとよい結果が出るようです。特に大学入試ではよい結果が出やすいです。

先生が授業中に雑談で話していた事がそのまま入試に出た。

・・・などと言われることが多いです。まあ、普段自分と同じ事を考えているような同類の人間が問題を作るわけなので、私がおしゃべりしてしまう様な事を出題するのは全く自然なことです。逆に、私が話題にしないようなことを出題するようなことがあったら、その方が不自然とも言えますね。

そう言うわけで、先生のおしゃべりは、入試にとっても役に立つのです。しかし、おしゃべりする先生の頭の中身が、大学の教師と同じでなければだめです。

Wikipediaに書かれていることをそのまま読み上げている様な先生の場合は、全くだめです。普段から、知識人らしい知的生活を営んでいる様な先生でないとだめです。

学生ではまずだめでしょう。私が学生だった時代でも、私の様な変な学生は東大レベルの一流大学の学生で5000人に一人いるかどうかと故西江雅之先生(下記)に言われたことがありました。

こういう学生は東大でも5000人に一人もいない。

一度も名乗ったことがないので、何で私の事を知っているのか謎ですが・・・。

西江雅之
にしえ-まさゆき
1937−2015
昭和後期-平成時代の文化人類学者,言語学者。
昭和12年10月23日生まれ。アフリカなどを放浪,多くの言語に通じ,昭和46年日本ではじめて「スワヒリ語辞典」を刊行。東京外大助教授をへて,58年母校早大の教授。平成27年6月14日死去。77歳。東京出身。著作に「異郷の景色」「ことばを追って」「異郷日記」「ヒトかサルかと問われても “歩く文化人類学者”半生記」など。

引用元: 日本人名大辞典(講談社)

今では同類の学生はほぼ絶滅したのではないかと思いますが、どこかに一人ぐらいいてもおかしくは・・・いや、絶対におかしいです(笑)。

学者の書いた学術的な本しか読まないような先生を探せばよいと言うことです。そして、いっぱいいろいろな話をしてもらうのです。

あくまでも、そんな「塾」があればの話です。

もし塾が何らかの効果を上げるとすると、こういう塾ではない「塾」ぐらいしかあり得ません。

学校でも同じです。しかし、悲しいことに、今時の教師は、学識や教養どころか、自分の専門の教科すらまともに教えられないという指摘を現場の先生から頂いているので、もはや大学以下の教育機関では、学識や教養の高い先生は絶滅しているのではないかと思います。

実際、大学でも結構怪しい気がします(笑)。

さて、次の話はこちらです。たぶん、最終回です。