この話の前の話はこちらです。

講師の学歴・職歴を確認する

言うまでもなく、塾を選ぶ際に最も重要とも言えるのは、自分が習う先生がどういう人かと言うことです。まず誰に習えるのかと言う点を確認するのは言うまでもありませんが、問題はその先生の学歴、職歴、人格などです。

まともな塾なら、普通は、人格面はあまり問題にする必要はありません。と言うのも、最低でも面接試験はあるので、さすがに人格のおかしい人を採用することはないからです。ただ、たまに新聞に載るような事件を起こす人もいる様なので、特に大きな塾の場合は、用心するに越したことはないかもしれません。大きな塾では、採用する人数が多いので、問題のある人が紛れ込みやすいです。他には、新しい塾も、ノウハウがないため、問題のある人が紛れ込みやすいです。面接は経験の積み重ねなので、あまり経験のない面接官が選ぶと、とんでもない結果になりやすいです。

しかし、最大の問題になるのは、学歴や職歴などの経歴面です。経歴、特に、学歴はその人をよく表します。一人の人間に関するあらゆるデータのうち、学歴ほどその人を表す指標は他にありません。ものを習う以上、当然、誰でもそこに注目するわけです。しかし、見ていると、みなさん、結構、学歴や経歴にだまされやすいです。

一流大学の出身者を選ぶ

大学も上から下までいろいろです。大学を偏差値で判断するのは偏見かもしれませんが、偏差値により学生の質が明らかに違いますので、学歴を検討するかしないか、どちらかを選べと言われたら、学歴は正しい判断材料となると考えて、学歴を検討する方を選ぶのではないかと思います。

学生の質の差というのは、前にも書いたと思いますが、改めてもう一度書いておきましょう。

偏差値68以上の大学を出た先生から習いましょう

もし学校で習う教科が本当に完全に分かっているのなら、偏差値は最低でも68以上になります。よって、東大ぐらい受かっても当然ですので、それぐらいの大学を出ていると思います。偏差値60~65ぐらいの学力だと、学校で習ったことを何とかぎりぎり基礎的な部分だけ理解できているという状態になります。その辺の生徒なら、名古屋大学に入れそうです。それ以下のレベルだと、学校でやったことは何も分かっていないと思います。

そうなると、偏差値68以上の大学を出た先生から習うのが正しい選択と言うことになります。ただ、「大学の偏差値=学生の偏差値」ではないので、要注意です。一般に私学、特に、その地方でトップの私学ではない場合、学生の偏差値は大学の偏差値よりもずっと下です。

例えば、私学の東京農業大学の偏差値は58かもしれませんが、実際の学生の偏差値は、それよりはるか下だと思われます。恐らく52もない可能性が高いです。しかし、これを調べる方法はないので、断言はできませんが、どれだけ学者を輩出しているかを調べると、ある程度推測できます。そこで調べてみると、この大学の出身者に学者はほとんどいないことがわかります。と言うことは、大してレベルは高くありません。

とは言え、偏差値以上の人がその大学にいないという保証はありませんので、例外はあり得るということも頭の片隅に置いておくことが大切です。実際、南山大学の英米科だと、偏差値68ぐらいの人は、毎年少なくとも5人や10人は普通に入学してきます。私は全数調査をしたことがあるので、知っています。また、出身者に学者が多数いるので、そうでなくてもわかります。ただ、偏差値68以上の人が偏差値35の日本大学に大挙してなだれ込むということはありません。

ちなみに、卒業者中の学者の数を調べる際は、最近卒業した人に絞らないと意味がありません。戦前の人や半世紀も前の人では、あらゆる面で今とは状況が異なるので意味がありません。これは非常に有効な方法なので、入学する大学を選ぶ際にも大変役に立ちます。なお、あくまで学者の数を調べるのであり、アナウンサーとか、芸能人とか、スポーツ選手なんて関係ありませんので、ご注意下さい。

出身の大学院では学力レベルは分かりません

最近は、大学院修了者で塾の先生をやっている人も多いかと思います。名古屋大学大学院修了と学歴にあるので、名古屋大学の学部に入学した人かと思ったら、実は、偏差値35の日本大学だったりします。こういう学歴の人をどう判断するかですが、学力はやはり偏差値35の日本大学の学生ぐらいだと考えるのが正しいです。

大学院は学部と違い、入試科目が専門科目と英語だけという場合がほとんどです。昔はこれに第二外国語が加わっていましたが、今では第二外国語の試験を行う大学院は減っている様です。専門科目は、法学科なら、普通、法学の試験だけです。物理学や数学の試験などありません。国語の試験もありません。

しかも、伝統的には、合否は、実力ではなく、コネで決まることが多かったのです。いくら試験で満点取ろうとも、コネがなければ入れませんでした。コネというと聞こえは悪いですが、学部で指導した先生からの口コミ情報というのが正確かもしれません。そして、学者になれる資質があると見込まれた人だけが合格するというわけです。そう言う人がいなければ、何年かの間、入学者ゼロということもあり得る世界でした。

最近は、学生の学力の低下が激しく、学力崩壊状態に達しているため、大学院は誰でも入れるようになっています。何しろ、学者になれる見込みのある人物なんて、ゼロに近くなってしまいましたので、昔のようなことをやっていると、学生数がゼロになります。だから、誰でもどんどん入れます。

大学院の場合、入学した中に優秀な人がいると、先生の方から大学教員の職を斡旋してくれるはずです。もしそのまま大学院を出て、塾の講師をやっている人がいたら、無能なので、大学教員の職を斡旋してもらえなかったのでしょう。

とりわけ、これは英語系の学科の場合に当てはまります。英語系の学科では、人材不足なので、修士論文以外に研究業績もないのに、大学教員になっている人がたくさんいます。一方、それ以外の学問では、いわゆる「オーバードクター」(和製英語なので、通じません)の問題があり、構造的不況が長らく続いています。つまり、大学院を出ても、大学教員になれずに、食べていくため、塾で専門外の教科を教えるというわけです。

学力崩壊現象により、大学院が誰でも入学させるようになったのは、1990年頃ですので、1968年頃以降に生まれた先生は、学力面で怪しく、大学院を出ていても全く信用できません。

しかも、繰り返しになりますが、そもそも大学院の学歴など学力と何の関係もありません。大学の学部は偏差値で選ぶ場合が多いのですが、大学院は自分が研究する分野の専門家がどこの大学院にいるかで決めます。しかも、別組織ですから、学部に同じ専門の先生がいたとしても、大学院でその先生が教えているとは限りません。

こういう事情が分かっていると、例えば、名古屋大学の大学院を出たというのは、塾講師を評価する上で全く意味がないことがわかると思います。実際、「?」な人がどんどん大学院に入ってきては、去っていきます。不況で学部を出ても就職できないと、大学院に入るか留学するという流れもできています。こういう場合の大学院入学や留学というのは、単に「亡命」しただけの話なので、意味がありません。

教える教科を大学で専攻したかどうかが重要

経営者、運営者に関しても書いたことですが、教える教科を大学で専門的に学んだかどうかは重要な要素になります。もし英語を学ぶ際に、英語系の学科を出ていない人に習ったら、それは音楽を習う際に、音大を出ていない人に習うのと同じです。医療にたとえたら、医学部を出ていない人にがんの手術をしてもらうのと何ら変わるところはありません。

それで大丈夫だと思う人は、魚屋さんにがんの摘出手術をしてもらうといいです。運が良くて、体も頑丈なら、もしかしたら死なないかもしれません。

もし英語の発音を教えるのなら、自分が正しい発音ができるというだけでは全く足りません。生徒の発音が分析できないとだめなのです。そのため、音声学や音韻論(おんいんろん)の知識が必要になります。英語系の学科を出ていないと、こういう学問は勉強していません。

また、英語の文法を教えるのなら、当然、文法に関する専門的な知識が必要です。それには、統語論、意味論、語用論の知識が必要です。高校生レベルの学校文法の知識では、文法の本質が見えてこないでしょう。それに、そもそも高校で文法の全てを学んでいるわけではありません。大学レベル以上で学ぶ文法事項もあります。そこまで文法を知らないと、実際の文章を分析できません。

そもそも、英語を教えるのであれば、応用言語学の知識は必須です。中学・高校の英語教育の目的は、英語が使えるようになることですが、単に文法を教えて、英語を訳させていると、英語が使えるようになるわけではありません。きちんと英語を教えるには、どうしても応用言語学の知識が必要です。

近年、入試が実用英語化したため、文法を教えて、英語を読ませて訳させると言う方法(文法翻訳法)では、すっかり入試に対応できなくなりました。英語を言葉として身につけさせるのは容易ではありません。いい加減なやり方をしたのでは、実用英語は身に付きません。だから、そのための専門的知識を持っている必要があります。

他の教科でも似たようなものです。大学で専攻していない科目を教えるのは、非常に難しいです。教えることができるようになるには、長年の蓄積が必要で、そのためには、その教科に対する情熱が必要です。門外漢では、そんな情熱もないので、高校生と大して変わりません。それで教えるというのは、無理な話です。

高校生と同じレベルというのは、ちょっと買いかぶりすぎで、ほとんどの場合、受験生の時が一番学力が高く、大学卒業時には、かなり学力が落ちています。だから、高校生未満のレベルの人が高校生を教えることになります。

そう言うこともあって、偏差値が大変高く、その教科を専門的に学んだ人を先生として選ばないとだめなわけです。