前回の話はこちらです。

ついに、シリーズ化してきました(笑)。

講師に研修が必要なわけ

うちの生徒やその親は滅多にこのブログを読みに来ないのですが、一人このブログの記事を読んだらしいです。曰く・・・

うちのお母さんスーパーでレジやっているけれど、ちゃんと最初に1か月研修を受けた。塾でそう言う研修をやっていないなんてあり得ない。

え~っと、研修の意味が違います。ここで研修と言っているのは、タイムレコーダーでタイムカードを打てよ、とか、授業内容の記録をつけろよ、などという「業務研修」の話ではありません。

たとえて言うと、プロ野球のチームでは、監督やコーチが選手を指導しながら練習すると思いますが、それと同種のものです。講師に対して教え方の研修をやっていないというのは、プロ野球で言うと、練習をしないチームと言うことになります。そんなチームはあり得ません。しかし、もしあったら、普通、絶対に試合で勝てませんよね。

講師に対する研修も同じです。本来は、そう言うものがないのはあり得ないのですが、教えるのが上手い講師なんて、どこにいるのかわかりませんから、採用できません。偶然採用して、めざましい成果を上げると、「教え方がうまい」と言うことになりますが、めざましい成果を実証する術がほとんどありません。

もしその先生だけに習う生徒が多数いて、かつ、比較可能なテストを定期的に行っていて、その先生の生徒だけが爆発的な勢いで伸びているということが分かればいいのですが、効果を検証できる条件が整っていることはまずありません。

1)その先生以外の他の先生にも習っている生徒がほとんどである。よって、誰が教えた結果なのかわからない。

2)比較可能なテストが実施されていないので、比較できない。よって、効果がはっきりしない。偏差値は順位なので、受験者が変われば、比較できません。比較可能にするには、理想的には「標準化」と言う作業が必要ですが、テストの標準化など塾レベルの財政では到底無理です。日本で実施されていて、まともに標準化されている学力テストは、恐らく、TOEICとTOEFLぐらいです。莫大な予算がなければ、標準化などできませんから、塾や予備校がTOEICの様な標準化されたテストを様々な教科で実施することはありません。

ソフィア外語学院がCTEとTOEICを長年にわたって実施しているのは、まさに比較のためです。だからきっちり比較できます。それでも、どの先生が一番成果を出しているかを明らかにするのは非常に難しいです。それは、生徒一人一人があまりにも違うため、比較可能であっても、完全に信頼できる結果が導き出せないからです。

まあ、「学院長の生徒はみんないいところに合格している」なんて言うことを言っていた講師はいましたが、これはあくまでも印象的な見解に過ぎません。それに、私は、生徒に自宅でもきっちり勉強させる傾向があるので、あまり自宅で学習させない他の講師よりも成果を上げているのは、その結果かもしれません。まあ、生徒に自習をやらせるのも教師の実力のうちと言うのなら、確かに、明らかに私が一番ではありますが、自習をしない生徒でもちゃんとそれなりに伸びますからね。

いずれにせよ、主にこういう事情で、優れた講師を見つけて採用することはほぼ不可能で、講師の研修を実施する体制を敷くのは難しいわけです。だから、何もやらないところが多く、どう考えても結果は最悪にしかなりません。しかし、本来、研修は必要なことなのです。研修をやっていても、教えることに慣れるだけの研修しかやっていないところが多い様で、残念なことです。

自習をさせられるかどうかも講師の腕次第

ちなみに、生徒に自習へと導く方法なんていうのも、うちでは研修項目に入ってはいます。もちろん、あまりにもどろどろした内容で、一、まずこれをやる、二、次にこれをやる・・・などという簡単な手順があるわけではありません。だから、体得してもらうにはかなり時間がかかります。

研修をしても、教え方が上手い先生となかなか同じにはならない

それにしても、私の教え方を見て、感動して、ソフィア外語学院の講師になるという人もまれにいて、まるでセミが木にとまったみたいに、1年ぐらい私の授業を片っ端から見て回る講師もいたりしますが、なかなか私の教授技術は伝わらないようで、印象的な見解ながら、同等の成果を上げることに成功した先生は一人もいません。つまり、研修の成果を上げるには、長い道のりが必要と言うことです。

専門的な知識をできる限りたくさん持つことが必要

他には、例えば、発音の研修もします。そこそこ有名な大学の英語系の学科を出ていれば、音声学ぐらい普通勉強しているはずですが、全く知識の量が不足している先生が多いので、その研修をするわけです。英語系の学科を卒業した先生なら、生徒に教えるぐらいのレベルの音声学の知識は持っているのですが、もっと専門的な知識を持っていると、より上手に教えられる様になりますし、発音の指導もより正確になります。発音の勉強というのは、正確さを極める勉強ですから、指導内容が正確になると言うことは重要なことです。

以上の様なことを知ると、スーパーのレジ打ちの研修とはまるで違うことがわかるかと思います。講師の研修で行うのは、技術や技を磨き、より深い専門的な知識を身につけることです。これは研修がほとんど永久に終わることがないと言うことを意味します。

教え方が確立している英語では、教え方をいろいろ知っていることが重要

とりわけ、英語の場合、教え方が確立していますので、その方法を教えてもらわないと、効果のある授業ができるわけがありません。英語の授業をやっていながら、確立した教え方を知らず、その上、実行もできていないようなところで英語の勉強をしてはいけません。

ちなみに私ぐらいのレベルになると、いろいろな教授法を知っていますので、メジャーなものなら、どれでも上手にやれます。だからこそ、しっかりした講師の指導ができるとも言えます。

専門的知識を増やすことの重要性

まだ分からない人もいるかもしれませんので、もう一例挙げてみましょう。昔、外国人に日本語を教える日本人の日本語教師が「theがついている場合、『は』を使い、ついていない場合は『が』を使うと教えればいい。」と言っているのを聞いて呆れたことがあります。

こういう話ですね。

The boy went to school.

は「少年は・・・」と言う日本語になり、

A boy went to school.

は「少年が・・・」という日本語になるという話です。

専門的知識を持たずに、その時の思いつきで、都合のいい例だけ見て、勝手にルールを作るとこんなものです。

そう言うことなら・・・

What makes you think the next man is him?

・・・と言う英語だったらどうするのでしょうか?「the」がついていますが、「が」になりますね。

Is a woman weak?

・・・と言う英語の場合、「the」はついていませんが、「は」になりますよね。

しっかりした専門的知識を持ってもらうのは、こういう馬鹿げた内容を教えてしまわないようにするために必要なことなのです。

そもそも、あらゆる専門的知識を網羅的に知っていれば、自分のちょっとした思いつきぐらいで学問が進歩するなんて思わず、必ず、思い違いではないかと考え、信頼できる文献を調べるものです。英語はでたらめの知識を教えると、後がひどいことになるので、これは大切なことです。

教科書通りに教えるというのもだめ

「教科書や参考書、文法書などに書かれていることをそのまま教えればいいのではないか?」と言う意見もあるかと思います。これは一理ありますが、そう言うことをやっていて、まともに教えられていないのではないかと思う例は枚挙にいとまがないので、やはりそれもだめです。

南山高校の女子部の英語のテスト問題でおもしろいものを見たことがあります。大体、下記の様な問題です。

There (    ) be a tree in the garden.

・・・と言う様な文で、語群の中から選んで括弧を埋めなさいという問題でした。

学校文法を知っている人なら、どうせ「used to」を選ばせる問題だろうということが最初からわかります。しかし、問題は語群にある語句です。

「used to」の他には予想通り、wouldがありましたが、他に、shouldとかcouldもありました(笑)。

確かに、教科書通りですと、「there構文の中ではused toを使う」となるわけですが、このルールの本当の意味を知らない先生は、その通り教えて、その通り問題に出すわけです。困ったものですね。

実際、wouldだって入れることができるのです。そして、shouldやcouldも入れられます。つまり、語群の中のどの語句を選んでも正解になってしまいます(笑)。

しかし、この先生の英文法の知識は教科書や文法書止まりの知識でしかありませんから、恐らく、どれを選んでも全部正解と言うことにはせず、あくまでも、「used to」だけを正解にしていたと思います。

この問題を出すのなら、意味を特定して、その意味に合うものを選ばせないとだめなのですが、専門的な知識が限られている様な先生では、永久にこういう間違いをやり続けるのでしょうね。生徒はかわいそうです。

いつまで経っても、高校生レベルから抜け出せないのではだめです。教師をやる人は永久に実力を伸ばして行かなくてはいけません。英語の能力も、専門的知識もどんどん充実させていき、人に指摘されなくても、こういうのがだめだと言うことが分からないとだめです。研修はそのために必要なのです。