日本の教育には様々な問題がありますが、その一つはあまりにも入試の準備に集中しすぎていることです。その結果、教育内容も浅いものになり、その上、教育が硬直化し、新しい時代に対応できなくなっています。
これは、学校で教える教師だけの問題ではなく、親の問題でもあります。入試だけにこだわって、硬直化した教育を行っているという状況は、教師だけに責任があるわけではなく、そうしないといけないように実際に圧力を加えたり、無言の圧力を加えている親にも責任があるということです。もっとわかりやすく言えば、親が進学の状況を元に学校を選ばなければ、こういう事態にはならないのです。
進学の状況で学校を選ぶのを当然だと思っている親にとって、進学の状況を学校のすべてだと思うことに何の問題があるのかと思うかもしれません。しかし、親が進学の状況を第一に考えるため、学校は生徒をよい大学やよい高校に進学させることを第一に考える様になっているのです。当然の結果ですが、ここに学校教育が腐敗した原因の一つがあります。
では、何を元に学校を選んだらいいのでしょうか?その答えは簡単です。教える先生で選ぶのです。こんな先生に習いたいと思うような先生がいる学校を選ぶのが正しい学校の選び方です。
しかし、これを実践しようとすると出てくる問題があります。それは、どういう先生がいるのか分からないと言うことです。もし有名な先生でもいれば、簡単ですが、教師は、普通、そのままでは、有名にはなりません。教師に限らないかもしれませんが、有名になるには、本人が有名になりたいと思っていて、有名になる努力をしないと有名にはなりません。
学会で論文を発表したり、本を書いたりするぐらいでは、あまり有名にはなりません。マスコミにひんぱんに寄稿したりして、ひんぱんにマスコミに顔を出す必要があります。しかし、今時、教師という職業では、こんな時間はないと思います。
それに問題もあります。マスコミに出る先生は、偉い先生だと世間で思われがちですが、実際には、まともな人はマスコミには出ません。テレビのクイズ番組に出演するような大学教授なんて言うのは、最低レベルの大学教師だと言っても過言ではないかもしれません。新聞やテレビというマスコミは、それだけ下らないメディアなのです。本当は、学会で論文を発表しているだけの先生が一番まともで、その次は、本を書いている人です。
どうしたら、学校で教えている教師を世間の人に知ってもらえるでしょうか?その答は、インターネットです。インターネットなら、原稿の枚数を気にすることもなく、いくらでも情報を発信できます。学校はウェブサイトで教師の論文やエッセイを積極的に掲載すべきだろうと思います。
受験生やその親が学校を選ぶ際には、行きたい学校のウェブサイトにアクセスし、その学校の先生の文章を読んで、どんな教師に習うのかを知るようにするのです。もし教師が転任になったら、その先生のウェブページも新しい学校に一緒に引っ越す様にしていくべきでしょう。
こういうのは嫌だと思う先生方が多いでしょう。しかし、入学してくる生徒のためには、ぜひやった方がいいと思います。また、受験生やその親も、先生こそ重要だという事実にもっと目を向け、こう言う情報を利用すべきです。
そもそも、新聞の記事を読んだり、テレビ番組を見るよりも、一般的に言って、学校の教師の書いたものを読んだ方がよほど勉強になります。先生によるとは思いますが、一般に、しっかりした教師の場合は、マスコミ関係者よりもずっとレベルが上だからです。とりわけ、大学の教師の場合、そう言うことが言えると思います。
学校を選ぶ場合の基準として、校舎の印象で決める人も多い様です。私の生徒の中には、図書館のいすのクッションの状態を気にしている人までいました。しかし、本当に重要なのは教師です。大学に入学する場合でも、教師ほど重要な要素はありません。
実際、せっかく入学した大学を途中でやめてしまう場合も、教師が原因であることが少なくありません。私が学生時代のことですが、どこぞの国立大学の大学院生の顔色が悪かったりしたことがありますが、これはもちろん、その大学の校舎が粗末だからではありません。教師に問題があるからです。
よい教師との出会いは、人生で一番大きな意味を持つ出会いの一つです。世間の人は、もっと教師に注目した方がいいと思います。