過去5回に渡って、自己紹介を書いてきました。要約するとこういう具合になります。
1.東京外国語大学英米語学科在籍中の成績は英語もそれ以外の科目もトップレベル。
2.東京外国語大学英米語学科3年生までに7万5千語の英語の語彙力を達成。
3.学生時代に日本人の英語の先生や英語のネイティブ・スピーカーの先生の英語力を上回っていた。
4.学生時代から英語だけではなく、様々な学問がよくできる。
5.学生時代から英語で書かれた大学レベルの様々な分野の専門書を次々に読んでいる。
これを読むと、小学生から高校生までの成績は、いったいどれぐらいすごかったのだろうかと思われると思います。
実は、小学校から高校までの私の成績は、あまりよくありません。品行方正で、学校で最もまじめな生徒の一人だったと思います。先生の後ろ姿を見ても、敬礼するような生徒でした。しかし、学校の成績は、特に小学校低学年では、最低、最悪に近かったです。
当時は小学校2年生から、通知表は5段階評定による相対評価でしたが、何しろ、ほとんど1や2ばかりでした。3すらないと言う時もありました。そのうち徐々によくなって行き、小学校高学年で生まれて初めて5というのを取りました。しかし、中学に入っても、平均で3ぐらいでした。3を下回っていた年もあります。
高校の進学に苦労したのは言うまでもありません。中学生の頃から私は学問がやりたかったので、大学に進学したかったのですが、普通科に入る学力がありませんでした。それどころか職業高校すら危ない様な成績でした。中学3年生の時は、かなり頑張って勉強しましたが、英語の成績は3で変わらず。国語がやっと1段階あがりましたが、全体的には平均で3をわずかに上回っただけです。
当時は中学3年間分の成績が高校入試に使われ、しかも配点比率が50%もあり、中学校の成績でほとんど決まってしまうぐらいの状況でした。当時、私が得意だったのは、英語ではなく、理科で、理科だけが学年トップレベルでした。これは科学書を大量に読んでいたからです。いわゆる、個性のある生徒だったわけですが、中学3年間の成績で入試の結果を決めるという文部省(現在の文部科学省)の方針は、そう言う個性のある生徒を殺すような結果を生んでいたことが分かります。
とにかく、普通科の高校には行けません。職業高校でもレベルの高い名古屋市工芸高校は到底無理だと担任の先生から言われました。名南工業高校や若宮商業高校も難しいと言われました。しかし、「これから頑張れば、名南工業高校や若宮商業高校には入れる可能性があるかもしれない」と言われました。
しかし、どうしても学問がやりたいため、ものすごく勉強しました。毎日深夜3時や朝4時まで勉強していました。一日10時間~11時間ぐらいの勉強時間になりますが、そのうち5時間から6時間が国語の勉強で、残りが数学と英語でした。当時は英語、国語、数学の3教科入試でした。つまり、得意の理科が何の役にも立ちません。
こうした勉強の結果、国語は1段階上がって、4になりました。しかし、理科は5から4に下げられてしまい、英語を始め、他の科目は3とか2とか1の成績で、平均がやっと3を少し上回るぐらいでした。中2の時は平均が3を下回っていますから、3年生だけ多少良くても、全体で平均すると3ぐらいです。
どうしても普通科に行きたいので、先生に頼んでみたところ、当時底辺レベルだった名古屋市立緑高校で競争率が1倍以下の場合なら、出願してもいいと言う話になりました。しかし、実際に出願したところ、1倍ではなく1.3倍ぐらいの倍率でした。360人の定員のところ、470人ぐらいの人が出願してきたわけです。これでは100人ぐらいが不合格になります。
先生から出願を取り下げるように自宅に電話があったそうです。しかし、電話に出た母が黙っていたために、知らずにそのまま受けて、なぜか奇跡的に合格してしまいました。入試の自己採点では、英語と数学は満点、国語は最後の論述問題で少し減点されたと思いますが、それ以外は全問正解でした。しかし、当時は入試問題がやさしく、あまり驚くほどのことではありません。
「入試で差がつかず、内申点で差がつくので、出願者全員合格ではなく、競争が生じた場合は、出願を取り下げろ」と言うのが先生からの出願取り下げの指示の理由でした。もし学校からの指示通り出願を取り下げていたら、名古屋市外の高校に通うことになっていたと思います。ちなみに、自分と同じぐらいの成績を取っていた友人たちは名南工業高校などに進学しました。
緑高校入学後、周りを見ると、当然のことですが、秀才ばかりで驚きました。周りの人に内申点を聞くと、ほとんどの人が平均4またはそれを少し下回るぐらいで、クラスでは私が一番内申点が低く、それより1点上の人が一人いただけです。後で、私が東京外国語大学英米科に合格すると、私の内申点が低く、特に英語が中学時代ずっと3だったことに緑高校の先生方は驚いていました。
高校に入ってからは、中学よりも成績はよくなりました。一つには、中学までは相対評価でしたが、高校からは絶対評価になったので、テストの成績が良ければ、それに応じて通知表の成績もよくなるからでした。また、中学の時の成績に懲りたので、高校ではもっとしっかり勉強したからです。
ただ、中学の時は遊んでいたというわけではなく、中1から中3までちゃんと計画を立てて、しっかり勉強をしていました。高校に入ってからは、学校の休憩時間も勉強に充てていることがよくあったということが違うと思います。ただ、これがエスカレートして、授業中に同一教科の他の勉強をやっていることがあって、たまに注意されました。教師になるとわかりますが、そう言うのは教壇からよく分かるので、やってはだめですね。
高校では中学よりも頑張ったものの、成績はやはり平均4には届かず、3と4の中間ぐらいでした。しかも、相変わらず1や2はついて回っていました。英語の成績は最初は3でしたが、次第に良くなっていって、高2の終わり頃にはやっと5になりました。
東京外国語大学英米科に進学したために、同級生からは同窓会なので、「私は英語が得意でトップだった」と言われることがありますが、そう言うことはありません。当時の成績が全て手元に残っていますが、高1や高2の時の英語の成績は学年最下位レベルです。例えば、高1の秋の実力テストで300人中280番ぐらいの成績を取っています。ちなみに、生徒数は1学年360人なので、60人はさぼったのでしょう。
英語の勉強は、高2の秋から本格的に開始し、高2の冬の実力テストでは学年で10番以内ぐらいに入りました。試験の途中で体調不良により棄権したので、最後まで受けていれば、実際には一位になっていたのではないかと思います。
ちなみに、英語の勉強を本格的に開始したのは、大学進学のためではなく、当時、英語以外の外国語に興味を持ち、英語以外の外国語をいろいろ勉強していたのですが、それには英語が必要だという事態になったからです。従って、テストのための勉強では全くありませんでした。とにかく早く英語ができるようになりたい、英語を英米人と同じように理解できるようになりたいと思ってしましたが、それは他の外国語を学ぶために必要なことだったからです。テストのためだったら、「英米人と同じように英語が理解できるようになりたい」とは思わないでしょう。
それはともかく、緑高校に入って良かったのは、宿題がほとんど無かったことです。おかげで、英語以外の言語をいろいろ学んだり、本をたくさん読むことができました。当時、独学ですが、私が学んだ外国語は、イタリア語、スペイン語、ロシア語、中国語などです。後で、これらの言語の知識がいろいろ役に立ちました。
今時の高校は、宿題だらけだそうです。高校だけでなく、中学校も小学校も宿題を大量に出すそうです。これでは、個性のある人間は生まれてきません。早く宿題を出すのをやめた方がいいでしょう。
以上のように、小学校から高校までの成績は、底辺レベルから平均レベルぐらいでした。しかし、これは、教師としては非常に役に立つ経験でした。ソフィア外語学院がなぜこれほどまでに効果が高いかというと、学院長である私が学力が低い子供だったからです。だから、学力の低い子供のことが手に取るように分かります。どうやったら低学力の子供を一流大学に合格させられるのか完全に分かっているのです。むしろ、学力の優秀な生徒の方が、私には理解不能です。
世の中の教師は、大体二通りしかありません。
1.学力が優秀で一流大学に合格し、卒業した教師。
2.学力が低く、二流や三流の大学に進学し、卒業した教師。
1の学力が優秀で一流大学に合格し、卒業した教師は、あいにく、低学力の子供のことが分かっていないので、学力の低い子供の学力を上げる方法が全く分かりません。こういう先生に習って、成果を上げられるのは、先生と同様に学力の高い生徒だけです。しかも、そう言う生徒は、誰に習っても、あるいは、自分で勉強しても、できるようになるので、こういう先生に習っても特に意味はありません。
2の学力が低い教師の場合、自分が低学力を克服する経験がないので、どうしたら低学力の子供に高い学力をつけさせられるのか知りません。その点、1の学力が高い教師と同じ事です。しかも、大抵は、授業のやり方は、学力の高い教師と同じで、学力の高い教師との差は、本人の学力の差だけと言うことになります。だから、こういう教師に習っても、低学力の子供は学力が上がりません。
私の様に子供時代に学力が低くても一流大学に合格した人でないと、学力の低い子供の学力を上げることはできないと思います。実際、私の場合だと、感覚的にこういう教育方法や学習方法が低い学力の子供には有効だと感じて、それを実行すると、必ず成果が上げられます。上記の二種類の教師では、そう言う感覚はないものと思います。
ソフィア外語学院の教育効果が、常識のレベルを超えているのは、この辺に秘密があると思っていいでしょう。こういうのは、他の学校、塾では絶対にまねができないことです。低学力の子供は、ものを覚えられません。これを克服する方法は、ほとんど誰も知らないのです。ほとんどの教師は、学力の低い子供を全国トップレベルの学力にすることなどできるわけがないとすら思っています。
私は、学力が相当に低くても、全国トップレベルの学力まで持っていることは十分可能だと思っています。そして、過去26年間に渡り、実際にそれを実行し、可能であることを証明しています。
実際、青森県という県が日本にあることを知らないと言うぐらいの学力の高校3年生を椙山女学園大学に合格させています。この生徒はものすごく学力が低かったです。大学に入って、日本地理の授業を受けるまで、東京と大阪と愛知県以外の都道府県を知らなかったと言うぐらい生徒です。それどころか、英語の三人称単数現在の-sなんて言うのは、1時間説明しても、「分かりません」と言うぐらいの生徒です。この生徒は15年前の生徒ですが、今なら、視聴覚的方法により、15年前よりもソフィア外語学院の教育効果が飛躍的に上がっていますから、さらにレベルの高い大学にも合格させられたと思います。
これより学力が大幅に低い生徒はどうなるのか分かりませんが、そう言う生徒は26年間に一人も現れていませんから、たぶん、普通にはこの辺が底辺レベルでしょう。これよりも大幅に下になると、知的障害者とすべきではないかと思います。
以上のように、ソフィア外語学院の教育効果が信じられないほど高いのは、私が子供時代に学力が低く、それを乗り越えて一流大学に入ったと言う経験が大いに役立っているからだと言うことです。一流大学の学生のほとんどは、一流高校出身の学力が優秀な学生ばかりですから、私はかなり他の学生と違っていたと言えます。逆に言うと、出身大学だけで単純に教師を選ぶべきではないと言えると思います。
この話の続きはまた次回したいと思います。